「私は無力だ・・・・・・部下を守ってやることさえできなかった。アントワネット様のお情けで処分を免れ、お前の力で父上の刃を逃れ・・・。」
お前は知っていたんだろう?私がどんなに虚勢を張っても、一人では何もできない弱い人間であることを。
薔薇の葉陰でお前は何度も約束してくれた。生まれ持った性を否定され、ジャルジェ家の栄光を担わされ、ただ一言、「寂しい」とさえ言うことができなかった私を、お前が救ってくれた。
「いつまでも、いっしょだよ!」
繰り返し、繰り返し、その約束が消えることのない銘となるまで、お前はそのまなざしでわたしに伝え続けてくれた。だから、私は気付かなかった。自分の弱さも、お前の強さも・・・、どれほど私がお前を必要としていたのかも・・・。
この思いを告げてしまえば、お前の人生をこれまで以上に縛る事になるかもしれない。
激しい変化の予感がもたらす情熱が、自分自身でも止める事ができなくなっている。
このまま思いのままに突き進めば、私はきっと古い世界と別れを告げなければならなくなるだろう。
その時・・・、私は、お前に傍にいて欲しい。我儘な事はわかっている。
傍に立つお前に伝わりそうなほど、胸の鼓動が高まって行く。
もう、この胸の思いを封じ込めることなんかできない。
「・・・愛してい・・・る・・・」
そうだ・・・。もうずっと、ずっと、この一言をお前に告げたかった。口にしてしまえば、もう、ごまかすことも逃げ出すこともできない。私にとっても、命をかけることになる言葉だから。
背後で椅子が耳障りな音を立てた。お前の動揺が、私を不安にさせる。私はなんと臆病者なのだろう。この期に及んでも、まだ女としてお前を求めて拒絶されることを恐れている。自分が人としても、女としても、足らぬところだらけだと分かっている。こんな私を、本当にお前は受け止めてくれるだろうか。
私は、勇気を振り絞り、お前と向きあった。まっすぐにお前は私を見つめてくれていた。天地が分かたれる前の混沌にも似た、全ての存在を内包したような黒い瞳が、私を映してくれていた。
「私は無力だ・・・!見ただろう、1人ではなにもできない。私の存在など、歴史の歯車の前には無にも等しい。」
この世界は広く、私が知るものなど、ほんのわずかなものに過ぎなかった。箱庭のように小さく美しい世界を一歩出れば、人の世は苦しみと悲しみに満ちていた。だが、人々はそれでも希望を求めて懸命に生きている。愛する家族や友人や、仲間達と、心寄せ合う人々の幸せを願いながら、生きている。私も、そうした人間の1人に過ぎない・・・。
私の言葉を、お前は首を振って否定する。その瞳は少年の頃のように私を映す。ああ、そうだった。ジャルジェの嗣子の重責に自分自身を縛りつけていた幼い私を、ただの子供に戻してくれたのは、お前だった。
「誰かにすがりたい、支えられたいと・・・そんな心の甘えをいつも自分に許している人間だ。」
激しく首を振り、私の自嘲の言葉をおまえは否定してくれる。自分の弱さや甘えに気付かなかったのは、お前がいつも傍にいてくれたからだ。お前が私を支えてくれた。私の甘えを受け止めてくれた。
全力で私を守り、私を癒してくれたのは、お前だ・・・。お前無しでは、私は、私でいられなかった・・・!
命を育てる太陽の光のようなお前の愛に、今からでも私は応えることが許されるだろうか?
大地を潤す慈雨のようなお前の優しさに相応しい女に、私は今からでもなる事ができるだろうか?
不遜で、強情で、未成熟な私でも、それでも許すと、それでも愛すると、言ってくれるなら・・・・。
「それでも愛しているか?!愛してくれているか?!
口から出るのは、天の邪鬼な言葉ばかり。まるで駄々をこねる子供と変わらない。
愛してほしい、お前に傍にいて欲しいと、素直に言えない。
あまりにも長く、お前に甘えてきてしまったから・・・。
それなのに、お前は真剣な目をして、ただ黙って何度もうなずいてくれる。
いつだってお前を独り占めしていたかった。誰よりも傍にいて、私だけを見つめていて欲しかった。
それが、ずっとずっと私の願いだった。言葉に出来ないほどの心の奥底にあった願いを、ちゃんとお前は受け止めてくれていたんだな・・・。
ならば、あえて言葉にしよう。心の奥にあった、赤裸々な思いをお前に告白しよう。お前への問いかけが、私の心だとお前はわかってくれるはずだから。
「生涯かけて私一人か?!」
私が愛する男は生涯かけて、お前ひとりだ!
ああ、やっぱりお前にはわかるんだな。そんな優しい顔でうなずかないでくれ・・・。
「私だけを一生涯愛し抜くと誓うか?!」
お前だけだ・・・!お前しかいない。私が欲しいのは・・・、お前だけ・・・!
「誓うか?!」
優しい微笑を浮かべながら、手を差し出すお前の目に涙があふれていた。
いつまでも、一緒だよ
薔薇の葉陰で交した約束のままに、私達はずっと一緒にいるんだ・・・!!
あの初夏の日、私達はいつかこの日が来る事を、知っていたんだ。
その手を取っていいか?その暖かく、優しい手を・・・。
お前と一緒なら、どこまででも、走っていける気がする。
アンドレ・・・!
《続く》
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