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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(4)

人々は気づき始めている。今まで絶対だと信じ込んでいたものが、自らの手で変える事ができるのだという事を。

神はご自身に似せて一対の男女をお造りになった。我ら人間は、全てが同じ始祖を持つ同胞なのだ。人は神との約束を違え、禁じられた智慧の実を食べた。安寧の地を追われ、男は額に汗して働き、女は血を流し苦しみの中で子供産まねばならなくなった。だが、神は約束を違えた我らが始祖を、滅ぼされなかった。地に満ち神の存在を忘れた遠い祖先たちを、滅ぼそうとなさった時も、箱舟をつくる事をお命じになり、御救いになった。

神のお造りになった世界を知る事を、人は望んで止まない。人にとって、知る事は生きる事そのものだ。智慧の実はすでに完全に人の血肉となって、もはやその業から逃れる術などない。人間が神の御業の全てを知る事は決してできはしない。知ることは時に苦しみともなるのに、人は神の英知を求める事をやめられない。

悠久の時の流れに、1人の人間の人生など、星の瞬きにさえ満たない長さに違いない。人の世は、矛盾に満ち、刹那の人生に愚かしい失敗を犯しても、人が新たな生を生きる事を、神は許して下さるのはなぜなのか。

神は、人を信じてくださっている。神はこの愚かしい生き物を、愛して下さる。愛すればこそ、人が人で在る為に、背負った罪を赦す者として、御子を地上にお遣わしになった。人は神の愛を知り、そして変われる。今、人々はその事に気付き始めている。人は等しく神に作られたものであり、自由であり平等なのだ。

旧体制はもはや瀕死の状態だった。国王陛下と王后陛下は、取り巻き達に勧められるままにマルリーの小離宮に引きこもってしまっていた。統治すべき者が、己が統治すべき国民に背を向けようとしていた。

遠い昔、まだ幼かった私に、父は身を挺して未来の王妃様をお守りするのだと言った。そのためにあらゆる武芸の技を磨く事を私に課した。だが、やがて私は思い知らされる。私が武力でお守りできるのは、お体だけなのだ。私は何度もアントワネット様に諫言してきた。だが、異国で一人過ごされる王妃様の寂しいお気持ちに寄り添って、支えて差し上げる事ができなかった。私は若く頑なで、女でもなく、ましてや男でも無かった。

私は政治的権力に興味を持たず、父もまた、政治権力の中枢の限りなく近くに私を置きながら、その立場を利用し政治と関わる事を、良しとなさらなかった。宮廷内の政治的駆け引きの難しさを、父は嫌というほど味わってきたはずだ。私が清濁併せ飲むような駆け引きができる人間ではない事を、父はよくわかっていたのだろう。

政治から距離をおいていた私が、今、新たな勢力となって、政治を動かそうとする人々の傍に居る。もはや、私は自らの立つべき場所を、選ばざるを得なくなる。私が持つ武力で守るべきものは、守りたいものは、一体なんなのだ?!

第一身分である僧侶議員達の多くは、貧しい人々の暮らしを傍で見て来た司祭達だった。彼らは、第三身分と合流する事にためらいはなかった。司教達は抵抗したが、司祭達が多数を制し、『国民議会』に合流することが可決された。このニュースはすぐにマルリーに伝えられた。


ベルサイユの街に、終業を人々に知らせる教会の鐘が鳴り響いていた。ブイエ将軍からの急使に呼び出され、私は連隊本部へと向かっていた。三部会の膠着状態が、経済にも影響を与えている。困窮を打破してくれると期待していた議会は、いまだ混迷の中にあり、街は苛立っていた。

「ただちに三部会の会議場の入口を閉鎖するように。」

ブイエ将軍は、湯気を上げるカップを手に、まるで晩の食卓に出すワインの銘柄を告げるように私に言った。

「ええっ!?なんとおおせられた・・・?」

「ただちに三部会の会議場の入口を閉鎖するように。国王陛下からのご命令だ、ジャルジェ准将。」

将軍は、事更に国王陛下からのご命令だと強調して言った。

「そ・・・そんな事をしては・・・、議員達が会議場に入れないではありませんか・・・!」

私は、俄かに自身の耳を信じる事が出来なかった。行き詰った国家財政の立て直しを図る為に、国王陛下の御名において、三部会は招集されたはずだった。衛兵隊は、恙無くその議事が進むように、議場を警護してきたのではなかったか・・・?

「さよう!なにやらよからぬたくらみを始めている平民議員どもを締め出す、それが狙いだ。」

ブイエ将軍は、カップの湯気を息で払うと、意地の悪い笑みを浮かべた。

「か・・・彼らは・・・議員達はフランス国民が選挙によって選んだ正当な国民の代表です。そのような侮辱はゆるされません。」

軍隊において、上官の命令に逆らう事は許されない。まして、この命令が、国王陛下から発せられたものであるならば、疑義を示すだけでも反逆の罪に問われかねない。

「わがフランス衛兵隊は議員達を身分のいかんによらず・・・守る役目を仰せつかっていたはずです。」

罪に問われようとも、言わずにはいられなかった。セーブルのカップが、がちゃんと大きな音をたててソーサーに戻された。

「大胆な口をきくようになったな、ジャルジェ准将。自分の身分を忘れたわけではなかろう。」

将軍の染みの浮いたこめかみが青く筋立っている。

「後で報告を聞く。国王陛下のご命令だという事を、忘れるな!」

吐き捨てるように言うと、ブイエ将軍は部屋を出ていった。

「自分の身分を忘れたわけではあるまい。」

ブイエ将軍の言葉に息を飲む。私は貴族だ。この事実は否定できない。武官として私が掌握している武力は、国王陛下から仮託されたものであり、私はその命令に反して行使することはできない。現実が剥きだされ、眼前につきつけられる。


「王宮の飾り人形!」

べルナールの叫びが、なぜあれほどまでに私の心に突き刺さったのか、今ならわかる。
彼の言う通り、私はガラスの箱に入れられた人形だったのだ。自分の力など何もない。

「こんちきしょう!」

膨れ上がる憤りに、いすを蹴り上げた。椅子に当たってどうなるものでもない。壊したいのは、愚かな私だ。机を力一杯叩き、痛みに手が痺れても、この心の痛みに比べれば・・・!

「兵士たちにわたしからこそんな命令を与えろというのか!」

歯を食いしばり堪えても、涙が視界をゆがませる。

「ちきしょう・・・」

背後でドアが開く音がした。振り返ると、お前は黙って部屋を出て行こうとしていた。

「どこへ行くつもりだ?」

「どこへって、日が暮れるまでに作業を終えねばなるまい?第一班の連中と・・・,
第三班を集めておくよ。少し頭を冷やしたら来てくれ。お前が拒否したところで、どうせ誰かがやるんだ。だったら、お前が監督してやった方が、安全だろ?」

肩をすくめて見せたお前は、すぐにドアの向こうへと姿を消した。お前は現実を正しく認識している。私がぐずぐずしているうちに、軽やかに為すべき事を示してくれる。

連隊本部から衛兵隊舎に戻ると、アンドレはすでに兵士達を集め待っていた。

「国王陛下からのご命令により、これより、第一班および第三班は、ロテル・デ・ムニュの入口閉鎖作業を行う。諸君らの安全と市民の安全とを最優先に、速やかに作業を終了させてほしい。」

整列した隊員達に命令を下すと、案の定、第一班班長のアランが食ってかかって来た。

「隊長、あんた、頭がおかしくなったんじゃないか?そんな事をしたら、議員達が会議場に入れなくなるだろうが!」

ブイエ将軍と自分の会話をそのまま見るようだった。アランの血の気の多さは、私といい勝負らしい。

「結果としてはそうなるな。」

「俺達は、大工じゃねえ。俺達の役目は、議員達を、議会を警護する事だろう!なんで、俺らがその議会を閉鎖しなきゃいけない?俺は、嫌なこった。どうしてもやると言うなら、他の班に命令してくれ。俺らはまっぴらごめんだ。」

兵士達は口々にアランに賛同する。ああ全く私だってそう思う。だが、この命令を放棄するわけにはいかない。

「この作業は、本当に議会を守りたいと思う者にしかできない。」

私は、事更に胸を反らし、言い放つ。

「はあ?なに言ってんだ?議場を閉鎖して、議員達を締め出して、それのどこが議会を守る事になるんだよ!」

アランは、呆れたように叫んだ。

「では、アラン、1つ聞きたい。お前は自分の一番大切なものが危険にさらされるかもしれないと分かっていて、他人に任せられるか?」

「馬鹿にするな。手前の大事なもんは、手前が守るのが一番だろうが。なに言ってんだよ。」

「お前ならそう言うだろうと思った。議場閉鎖は我々が行わなければならない。我々がこの命令を拒否したところで、別の部隊が行う事になる。市民達は閉鎖に抵抗を示すに違いない。」

「ああ、そうさ。議員達は選挙で選ばれた正当な代表なんだ。議場を閉鎖するなんざ、手前の顔に手前が唾を吐きつけるようなもんじゃないか!」

「作業に当たる者は、遠慮ない罵声を浴び、作業は危険を伴だろうだろう。もし、市民達が浴びせる罵声に耐えられず、発砲する兵士がいたらどうなる?」

「なっ・・・・!」

アランの顔が一瞬で真剣なものに変わる。彼は察しがいい。

「議場閉鎖をしても、いずれ、再びその扉は開かれる事になるだろう。だが、作業中に市民の挑発に乗り、発砲でもしたらどうなる?暴動になるかもしれない。そうなったら、議場閉鎖どころか、議会そのものが解散させられてしまうかもしれない。」

私の言葉に、兵士達の顔がこわばる。三部会開催の期待が大きかった分、行き場の見えない現状に市民達は苛立ちを深めている。その事を、彼らは日々肌で感じているのだ。

「そんなの嫌だよ。せっかく俺達の代表が、議会で俺達の声を代弁してくれているんだよ。解散なんてさせられない。」

フランソワが、懇願するようにアランの右腕を取り揺すった。

「おっ、おっ、俺も、嫌だ。アッ、アラン俺達なら、我慢できるよ。」

ジャンがアランの左腕に取りすがる。

「議会を守る為に、我々が作業に当たるんだ。私も勿論同行しよう。銃は携行しない。どんな罵声にも耐えろ。議会を守る為に、だ!」


夏の太陽は、沈む事を拒むかのように、兵士たちの陰を長く石畳に張り付けていた。
次第に橙を帯びていく光に、青い軍服がにじんでいく。兵士たちはただ黙々と議場の入口に板を打ち付けていた。その音は道行く市民たちを呼び集め、やがてぐるりと囲んだ彼らが投げつける罵声に、槌音はかき消された。

命じたのは、この私だ。兵士らは私に従っただけだ。そう市民らに告げたところで、なんの言い訳にもなりはない。我々が議場閉鎖を行っているという事実が、彼らの怒りを買っているのだから。


「恥ずかしくないのか?フランス衛兵!!」

「平民議員はお前達の代表でもあるんだぞ!平気なのか!?」

「お前達の手でお前達の代表を穢しているんだぞ!!」

誰に言われるまでも無く、わかっている。だからこそ!

隊員達は俯き、唇を噛んで耐えている。罵倒される屈辱に耐えるのは、誇りがないからではない。彼らは自らの誇りにかけて、この使命をやり抜こうとしている。

「やめろ!兵隊!ひっこめ!」

投げられた石礫が、フランソワに当たった。後ろ頭に当てた彼の細い指の間から血が滲む。駆け寄って、ハンカチを渡すと、こんなのなんでもない、と言わんばかりに彼は笑って見せた。
議会解散を阻止する事と信じて、私に従った兵士達の忍耐が、私を揺さぶる。貧しい暮らしの中、家族の為に徴兵に応じた心優しい若者が、何故、石打たれねばならないのだろう。市民達には見えぬ危機が、彼らには見えている。武力を持つ事の意味を彼らは理解している。

フランスは今まさに存亡の危機なのだ。暴動を起こさせる訳にはいかない。産声を上げたばかりの議会は、まだよちよち歩きの状態だ。人々の暮らしは疲弊しきっている。だからこそ、議会がこの悪弊に満ちた社会を変えてくれると期待し、信じている。だから、守らねばならない。その歩みが確かなものとなるまで。

私は、無力だ・・・・。兵士達の忍耐にすがって、この任務を果たしている。

みじめ・・・だ・・・。祖国の人民に選ばれた代表をこのように私は踏みにじっている・・・。
踏みにじっている・・・。

西の空に太陽が沈んでいく。議場を失った議員達は、どのように行動するのだろう。このまま、諦め屈するのか?それとも、新たなる活路を自らの力で見出していくのか・・・。

鳥たちが黒々とした群れを成してベルサイユの森へと飛んでいくのが見えた。不意に、何かとてつもない大きな力が動き始める予感が、私を襲った・・・・。

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