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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(6)

ショットグラスに注いだ褐色の液体を、ランプの光が照らしていた。もう何杯目になるだろう。香りも味もすでにどうでも良かった。喉を焼く酒精の力でこの苦しみから逃れたい。

わからな・・・い・・・。
なぜあのように燃えることができる・・・・・・?

ふまれても、ふまれても、
なぜ彼らはあのように力強く燃え上がれる・・・?

一番力弱き身分であるはずの彼らが・・・!


球戯場の講堂は、天井こそ高く奥行きはたっぷりとあったが、剥き出しの壁は手入れもされず汚れていた。鉄格子の嵌った大窓が、かろうじて採光を確保していたが、いくつかのみすぼらしい木の椅子が備え付けられているだけの、倉庫と見紛うほどの貧しい空間だった。議員達はその空間を埋め尽くし、立ったままで討議したのだ。

若者達は濡れるのも構わず大窓によじ登り、鉄格子に張りつくように講堂の中で行われている討議の様子を、見上げる人々に大声で伝え続けた。

議長バイイ、シエイエス、パルナーヴらによって起草された宣誓文が採択された。

いかなる場所に集まる事を余儀なくされようと、国民議会は、議員の集まる場所に存在する。審議の続行をなにものもさまたげることはできない。憲法が制定されるまで、議会は断じて解散しないことを誓う。

*ジュール・ミシュレ著「フランス革命史」(上)中公文庫P111より引用

議長バイイが先頭を切って宣誓を行った。彼の朗々たる声は、戸外にひしめく人々の耳にも届き、狭い道に熱い歓声がこだまする。

雨雲はいつの間にか過ぎ去り、雲間から漏れだす光が大窓を照らしていた。




「お前ら大貴族から見ると、虫ケラみたいなもんだろうぜ。だがな、覚えておけ!虫ケラでも生きているぞ!ちゃんと人生があるんだ!!」

「小さな弟が生まれて初めての靴を履いて、石畳の上を嬉しそうに跳ねまわったのを、俺は見た!牢獄にぶち込まれたって俺は後悔なんかしねえ!」

天から降り注ぐ光は、万民を等しく照らす。強き者も、弱き者も、分け隔てなく。踏まれても、踏まれても天を目指し伸びる麦のように、高らかに歌いながら舞い上がる雲雀のように、人は明日を信じて生きる事を望む。その切なる望みを阻むものとは、一体なんなのだろう・・・。

同じフランスに生まれたのに、私は彼らの苦しみを何一つ知らなかった。
彼らの苦しみを知ってもなお、私は何もできない・・・・。

この世界は変えられないのか?
矛盾に満ちたこの世界を、人は変えてはいけないのか・・・?

怒涛のように押し寄せる人々の激情に圧倒され、矛盾に満ちた現状を打ち壊したいという人々の願いに、立ちすくみながらもどうしょうもなく魅かれて行く自分がいる。


お前の顔が見たい。
お前の温もりに触れたい。
今の私を、お前はどう思っているのだろう・・・。

「いつまでも、一緒にいよう。だって、僕は君が大好きなんだもの!」

あの頃は互いを見つめ合う眼差しと繋いだ手の温もりの他に、互いを求める理由など何も要らなかった。ありのままの存在が、ただ愛おしくて・・・・。


トン・トン・・・トン

聞き慣れたリズムで扉が叩かれた気がした。コンソールの上に置かれた時計を見れば、もう日付はとうに変わっている。こんな夜更けにまさかと思いつつ、微かな期待を胸に扉を開けた。

廊下は深い闇だった。その中でぽつりと小さな明かりに照らされた大小の人影があった。

「オスカル様、もう遅うございます。お休みになられませんと、お体に障りますよ。」

溜め息まじりの言葉には、小さな子供の不始末を咎めるような響きがあった。

「寝酒はもう十分だろう?いい加減に寝たらどうだ?」

アンリエッタの気遣わしげな声に追い打ちをかけるように、不機嫌そうな低い声が聞こえた。半ばはだけたシャツに、前が開いたままのジレが、すでに休もうとしていた彼がアンリエッタに強引に連れて来られた事が見て取れた。会いたかったはずなのに、生来の負けん気がむくむくと頭をもたげてしまう。

「二人とも良いところに来たな。せっかくだ、一杯進呈しよう。上物のアルマニャックだぞ。」

私はことさらに陽気なそぶりで二人を部屋に招き入れ、キャビネットからグラスを取りだすとテーブルに並べた。瓶の栓を開けグラスに注ごうとした時、いきなり手首が掴まれ、瓶が取り上げられた。

「なっ・・・!」

とっさの事に、腕を振り払う隙もなく、酒瓶はアンリエッタの手に渡り、私が並べたショットグラスは、素早くキャビネットに戻された。テーブルの上には、ポツリと飲みかけの私のグラスだけが残され、ランプの光を照り返していた。

「いったい何時だと思っているんだ。明日は安息日といっても、午後には月曜日に再開されるはずの議会警備の打ち合わせがあるだろう。もう、寝ろ!少しでも体を休めろ!」

お前の苛立ちのなかに、私への労わりが透けて見える。だが、それがかえって私の意地を刺激する。

「これくらいの酒で、この私が仕事に支障をきたすとでも思うのか?」

「ああ、うわばみと名高いお前の事だからな、意地でも仕事に支障をきたすような事はないだろうさ。だがな、最近のお前は飲み過ぎだ。健康に問題が出てからでは遅いのだぞ。」

お前こそ疲れているのだ。私の事などかまわず捨て置けば良いものを。

「私の事は私が決める!お前に指図される筋合いなどない。」

乱暴に言い放った私の言葉に、お前は気まずげに眼をそらした。

焼きついたように手首にお前の手の感触が残っている。

眠れないんだ・・・。
頭の芯が冷たく冴えて。
私はどんどん分からなくなっていく。
貴族とはなんだ?
男とは?
女とは?
人間とは?

昔のようにお前はお前だよと言って、私の手を握ってくれないか・・・。
そうしたら、私は自分を取り戻せる気がする。

心の声が漏れだしてしまわぬようにと、私は右の手首を左手で強く握りしめた。

「俺がおまえに意見できる立場じゃないことはわかっている。だが、これだけは言わせて欲しい。最近のお前の酒量は、度を越している。心配しているんだ。奥様もおばあちゃんも、他の皆も。」

目をそらしたまま、お前は私を宥めるように言った。言われるまでもなく心配を掛けている事はわかっている。それでも、酒より他にすがるものがなかった。

「自分の酒量ぐらい分かっている。興ざめだ。寝る!」

グラスに残ったアルマニャックをぐいと喉に流し込み、踵を返して寝室に向かった。

「眠りつくまでアンリエッタについていて貰うといい。1人でいてはいけない夜もある・・・。」

背中に掛けられた言葉に、声にならない願いを返す。

お前にいて欲しい。

私が声に出して望めば、お前はきっと私の願いを聞き届けてくれるに違いない。
だが、私はお前が封印してしまった願いを知っている。
闇の中で抱きしめられて、唐突に告げられたお前の思い。
私には、まだお前が求めるものを与える勇気がない。
私の我儘を満たそうとすれば、お前を苦しめ傷つけるだけだ・・・
自分自身の願いを一度でも口にしてしまえば、私はもう押さえがきかなくなってしまうだろう!
それが、恐ろしい・・・。




朝日が私を起こさぬようにと、アンリエッタが寝台の帳を下ろしていったせいだろう。目覚めた時には、すでに日は高く昇っていた。帳で籠った熱気のせいなのか、寝汗でじっとりと体が湿っていて不快だった。顔に張りついた髪を乱暴に払いのけ、額に腕を載せると、心なしか額が熱っぽい気がした。目覚めたものの、体はまだ休息を欲している。瞼を閉じてしまえば、再び眠りの淵に引き込ずり込まれそうだ。いつもより長い眠りを取ったはずなのに、倦怠感が全身を覆っている。昨夜の深酒だけが理由ではないだろう。気がつくと、乾いた咳がでていた。息を整えようと深呼吸をすると胸の奥に軋むような痛みが走った。日々蓄積されていく疲労に体は悲鳴を上げている。だが、それをどこか他人事のように受け止めている自分がいる。休みたいという体の欲望に素直に身を任せられるほど、私は楽観主義者になれなかった。世情はいよいよ難しい局面へと向かっている。

休息への未練を断ち切るように、帳を開け寝台から下りて、呼び鈴を引いた。身支度を整え、連隊本部へ赴かねばならない。午後の打ち合わせの前に、情報整理が必要だった。

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