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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(10)

ベルジェール通りに面したムニュ・プレジール館の塀に、御前会議の開催告知が貼り出されていた。そこには、議員及び許可を受けた者以外の傍聴・立ち入りを禁じる旨の一文が書き添えられていた。


ムニュ・プレジール館の東西に長い敷地は、塀と建物に囲まれている。ベルジェール通りに面する正門から入る中庭と会議場が建つ奥庭は、建物一階分ほどの高低差があり、敷地を南北に分かつように建てられた建物が、会議場への直接の進入を不可能にさせている。正門側から会議場に入るには、この建物の真ん中にトンネルのようにつくられた階段を通るか、中庭を囲むように建つ建物の中を通らねばならなかった。正門、会議場の裏手にある通用門、敷地を囲む通りに兵を配置し、さらに中庭の要所に兵をおいた。人が二人ならんで通れるほどの狭い階段通路は、上下両サイドを固めておけば、例え正門から不審な侵入者があったとしても、拘束することは極めて簡単であると思われた。正午前に、国王陛下と王族・政府高官らが到着する事となっている。彼らを迎える為に、王宮からの道沿いと正門に特に多くの兵を配置するように命令が下されていた。


正門の封鎖を解き、隊員達を中庭に整列させた。陰鬱な雨は止む気配もなく、隊士達の上に降り注いでいる。今日の衛兵隊の持ち場は、ムニュ・プレジール館の外周であり、議場内部の警護は、国王付きの近衛隊が当たることになっていた。封鎖が解かれた事を知れば、この会議の行方を注視している人々が、傍聴を求めてやってくるだろう。しかし、国王臨席のこの会議に、傍聴者を入れない事は、決定事項なのだ。これからの国の行く末が決められるだろう場所から人々を排除し、一体どんな議論をしようと言うのだろうか・・・。釈然としない思いが、胸の中に、わだかまる。


兵の配置を完了したところで、議場内警護に当たる近衛兵達が到着した。衛兵隊士達よりも優れた体格の一団が、一糸乱れぬ隊列を組み、議場へと続く階段を上って行く。かつて自らもあの一団の中に身を置いていたのだ。しかし、今その麗々しさがどこか空々しく感じるのはなぜだろう。私は雨に濡れながら彼らを見送った。


開催の刻限が近づいている。開け放たれた門の前には馬車が並び、議員達が次々に到着していた。傍聴ができるものと思い門をくぐろうとした者達が、衛兵隊士達に制止されていた。門の周囲には、何重もの人垣ができ、到着する平民議員たちに拍手を送ったり励ましの声をかけたりしていた。彼らは傍聴ができぬのならば、せめて中庭に入り、己達の代表を鼓舞したいと望んだ。気持ちは理解できたが、彼らを中庭に入れることは禁止されているのだ。隊士達は複雑な表情を浮かべながら、門の前に集まった人々を制止し続けるしかなかった。


雨が降りしきるなか、門の前の人垣は増すばかりだ。次々に到着する僧侶・貴族議員らは、雨に濡れる間もなく屋内へと消えていく。彼らには控えの間が与えられているからだ。そうした場を持たぬ平民議員たちは、議場への入場を、雨に打たれながら中庭で待つしかなかった。開会の刻限が迫っていると言うのに、遅々として進まぬ平民議員の入場に、門の外で彼らを見守る人々の中からも、不審といらだちの声が上がり始めた。いくら議場への通路が狭いと言っても、時間がかかり過ぎている。なにか入場を阻む事態が起きているとしか思えなかった。



様子を見に行かせたアンドレの報告は、驚くべきものだった。

「儀典長のドルーブレゼ候が、議場入口で一人一人点呼をとりながら入場させている。やっと貴族議員の半分までが入場したところだ。貴族議員が終わるまで、平民議員は入場できない。」

平民議員たちはすでに30分以上も屋根もない中庭で待たされていた。近くでアンドレの報告を耳にした隊員たちにも動揺が走る。

「馬鹿なことを!」

思わず口をついた言葉に、アンドレの隻眼が制する様に眇められた。

「入口の警備は、第一班だ。今は我慢がきいているが、行った方がいい。」

促されるまでもなく、私は足早に議場入口へと向かった。階段通路を駆け登り、議場入口にたどり着く。正面入前の狭い広場に雨に打たれながら、じっと入場を待つ黒いマントの一団があった。


 彼らの姿をまるで無視するかのように、淡々と名簿を読み上げ、煌びやかなマントに身を包んだ貴族議員達を、愛想笑いを浮かべながら、会議場内へ進むようとに促していた。1名ずつ点呼しての入場など、なんの意味があるのだろうか。勿体ぶった仰々しさこそが、宮廷の式典の常ではあったが、そのやり口は明らかに平民議員へ嫌がらせとしか思えなかった。第一班の兵士達はじっと悔しそうに唇をかみしめながら、入口警護に当たっていた。


やっと貴族議員の点呼が終わり、そのまま、平民議員の点呼へ移るものと思っていた。ところが、儀典長は手にした名簿をくるくると巻いたかと思うと、踵を返し、正面玄関の扉に向かって歩いていく。思わず走り寄り、詰めよった。


 「ドル―・ブレゼ侯、なぜ、平民議員達を中にいれない?!」


 返された言葉に、我が耳を疑った。

「正面玄関から入れるのは、僧侶議員と貴族議員だけだ。平民どもは裏口に回ってももらう。ちょうどいい、君の部下に彼らを裏口に誘導させてくれたまえ。私は陛下をお迎えする準備があるのだから、さっさと点呼を済ませてしまいたいのだよ。君も、早く陛下の御到着の準備をしたまえ。」


羽飾りのついた帽子の下で、白粉を塗った頬が酷薄な笑みに歪むのを見たとたん、私はドル―ブレゼ侯の前に立ちはだかっていた。


「君には見えないのか!?議員達があんなにびしょ濡れになっているじゃないか!!彼らはれっきとしたフランス国民の代表なんだぞ!!」


 私の抗議など耳に入らぬとばかりに、儀典長は立ちはだかる私の脇をすり抜ける。


 「私は、命令された通りやっているだけだ。君が警備を命じられたように、私は議員達を招集し、命令の通りに入場させている。文句がありますか?」


 まだ二十歳にもならぬ年で父親からその地位を引き継いだ若者は、くっきりと紅を引いた唇に、薄笑いを浮かべて、振り向きざまに言い放った。


 何という醜悪さ!この者には、雨の中じっと入場の順番を待ち続けた同胞への思いやりや、敬意のひと欠片もないのか!?嘔気にも似た怒りが鳩尾を突きあげる。


 


「君はそれで平気なのか!?なんとも思わないのか!?ああやって土砂降りの中に国民の代表を立たせ続けて平気なのか!?」


 思わずマントの胸倉を掴み上げていた。薄笑いが恐怖にとって替わった瞬間、凛とした声が私を制した。


 「離したまえ、ジャルジェ君。」


 振り返ったそこには、雨に濡れそぼったマントに身を包みながら、毅然として立つ男の姿があった。


 マクシミリアン・ド・ロベスピエール!アラス選出の平民議員だった。


 「さあ、早く裏口に案内してくれたまえ。ぼくらは濡れることなどなんとも思わない。雨など少しも冷たくない。僕らの熱は雨にも嵐にも勝って熱い。国民に選ばれてここにいるのだという誇りはどのような侮辱にも、どのような仕打ちにも揺るぎはしない。」


 
染み透る雨に、彼の身体は冷え切っているはずだった。頬に雨の滴がしたたり落ちて唇は蒼ざめていた。しかし彼の唇は、微笑みをたたえ、形良い眉の下の、誠実さをそのまま表したような暖かな茶色の瞳が、私をまっすぐに見つめた。


 「いや、あなた方はフランス国民が選んだ正当な代表なのです。裏口などに案内できるはずがない!」


 私は、掴み上げていた胸倉を解放し、儀典長に向き合った。


 「ドル―・ブレゼ侯、いかに命令と言っても、もう開会の刻限も迫っている。議員達を早急に会議場に案内するべきだ。」


 食い下がる私を、またもロベスピエールが制した。


 「貴方が儀典長と争う必要はありません。私達は、私達がここにいる価値を知っています。ああ、君に分かるだろうか、僕らがどれほど燃えているか・・・、僕の心臓がどれほど一つになり、激しく赤く燃え上がっているか・・・!!わかってもらえるだろうか・・・!?」


 胸に静かに手を当て、彼は祈るように目を伏せた。そして彼は再び私を見つめた。その瞳の輝きの強さに思わず立ちすくんだ。水のように穏やかな声音でありながら、彼の言葉が、その情熱が、熱風のように私を包んでいく。


 「ジャルジェ准将、そこの議員も裏口でよいと言っているではないか。早く部下どもに彼らを裏口へ案内させたまえ。君も、早く正門に戻ったほうがよいのでは?陛下が到着された時、君がお迎えしなくてどうする?」


 乱れた襟を直しながら、儀典長は吐き捨てるように言うと、踵を返し玄関の扉の向こうに消えていった。議員達は事の行方を、かたずを呑んで見守っていた。地面を叩く雨の音がだけが、狭い広場に聞こえるばかりだった。


 「さあ、衛兵隊のみなさん、我々を案内して下さい。みなさん、急ぎましょう。」


 ロベスピエールは穏やかに促した、正にその時だった。


 「ぶったぎってやる!」


 獅子の咆哮にも似た男の叫び声が、響き渡った。



(続く)


HÔTEL DES MENUS-PLAISIRS ⇒ 

現在は会議場につかわれた建物は残っていません。残っている建物はバロック音楽センターになっているそうです。

ドル―・ブレゼ侯⇒

何と1762年生まれなんですよ~。O様より若い。ちょうどアランくらいですね。


 

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