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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(13)

「私が兵士達に直接命令を与える。沙汰があるまで、この部屋から一歩も出すな!」

ブイエ将軍は、私の拘束を従卒達に指示すると、自ら兵士達に命令を下す為に、ムニュ・プレジール館へむかった。

この時、私は大変な過ちを犯してしまった事に気がついた。この場は将軍の命令に従い、私はムニュ・プレジール館に向かうべきだったのだ。その上で、兵士たちを動かさないという手段を取れば良かった。冷静に考えれば、私が兵を指揮する事を拒否したところで、将校など他にいくらでもいる。私の短慮が、ブイエ将軍という最悪の指揮官を彼らのところに派遣してしまったのだ。


 


「武官は感情で行動するものじゃない。」アランにかけられたアンドレの言葉が胸に突き刺さる。


 


誰に命じられようと、同胞に銃を向ける事など彼らにできようはずがない。そうなれば、彼らは先ほどの私のように、命令を拒絶することとなるだろう。そして、一層弱い立場の彼らは、窮地に追い込まれてしまう。私が感情に流されたばかりに、彼らに対する責任を果たせなくなっただけでなく、彼らに逃げ場のない選択を迫る事になってしまったのだ。


「ジャルジェ准将・・・なぜ・・・」


 


従卒のつぶやきはそのまま、私が自身に向けた問いになる。


 


軍隊において、上官命令への不服従は許されない。命を盾に戦う組織の絶対の規律。この身は女であるものの、名誉ある帯剣貴族に生まれ、「戦う者」として厳しい教育を受け、誰よりも「軍人」として生きることを欲して来た。その自分が、なぜ・・・?


 


軍人は感情を持ちえないのか・・・?命令であれば、無辜の人を殺めてもよいのか・・・?武力とは、街を破壊し、人を殺す事ができる力の事だ。この力を、ただ命令に従い、行使することが、本当に正しいことなのか・・・?!


私は、軍人失格なのかもしれない。軍の組織に、身を置きながら、准将という高位の将官でありながら、自分の感情に背く命令に従う事ができなかった・・・。軍人とは、人間であってはならないのか・・・?


 


私は、どのような処分を受けるだろう。私が受ける処分は、どんなものであろうと私の行動の結果であり、引き受ける覚悟はできている。しかし、兵士達はどうなるのだろう。ブイエ将軍が与える命令に、従っても、従わなくても、彼らの心は深く傷つけられることになるに違いない。私は、何と愚かなのだ。感情に溺れ、成すべき事を見失ってしまった。剣を取り上げられ、司令官室にただ座して待つ時間は、永遠に続くようにさえ思えた。


 


突然、窓の外が騒がしくなった。胸騒ぎに矢も楯もたまらず、窓に駆け寄った。後ろ手に縛られ、俘虜の様に繋がれた第一班の兵士たちがそこにいた。彼らはブイエ将軍の命令に従わなかったのだ!私の過ちの結果を、彼らが引き受けている。窓に貼り付く私を従卒たちがひきはがそうと手を伸ばしたが、夢中で払いのけて窓を開けた。


 


窓から身を乗り出して声を限りに、彼らの名を呼んだ。うなだれ歩いていた一班の兵士達が立ち止まり、私の姿を探す。私は、彼らの名を叫ぶ。私の姿を見つけた彼らが、私の声に応えて私を呼んだ。



「どこへ連れて行く気だ!?わ・・・私の部下を・・・私の部下だ!!」

ああ!私はなんと思い上がっていたのだろう。彼らが私を導いてくれたのに。何も知らぬ飾り人形に過ぎなかったこの私に、祖国の真実の姿を教えてくれた。困難にあってもしたたかに熱く生きる彼らだから、私は飾る事なく自分をぶつけていくことができたのだ。この手で、この身体で、直接訓練した。祖国を護る為に、私のありったけをぶつけて・・・!!喜びも、苦しみも、悲しみも全てを・・・、全てを共にしてきた、私の兵士達・・・。彼らは、私の、部下だ・・・!!


 


その彼らを窮地に追い込んだのは・・・・、他ならぬこの私なのだ! 


 


フランソワが、ジャンが、泣きながら私を呼んでいる。彼らは命をかけて、議員達に銃を向けることを拒んだのだ。アランが、歯を食いしばり、まっすぐに私を見つめていた。その瞳が私に問いかける。お前は、何を選ぶのかと。



「待っていろ、助け出してやる!必ず、必ずすぐに助け出してやるぞ!」  


 


曳き立てられていく12人の後ろ姿に、私は誓った。私は、この命にかえても、彼らを救わねばならない。


 


「ジャルジェ准将、窓から離れ椅子におかけ下さい。間もなく、ブイエ将軍がお戻りになられるでしょう。」


 


従卒の1人が、困惑の表情を浮かべながら、私に着席を求めた。私は、大人しくその言葉に従うしかなかった。彼らには分るまい。今私がどんなにみじめな気持ちでいるかなど・・・。


 


突然扉が開き、ブイエ将軍が戻って来た。


 


「隊長が隊長なら、部下も部下だ。全く!良く仕込んであるものだわい。」


 


眉間には深い皺を刻み、将軍は蔑むような眼差しを私に向けた。


 


「どこへやったのです。私の部下を!?どこへつれて行かれたのか!?」


 


アラン達を軍法会議にかけるつもりなのは明白だとしても、それまでどこに拘留するつもりなのか・・?彼らの置かれた状況をなんとしてでも知りたかった。くってかかった私を払い除け、ブイエ将軍が冷ややかな表情で言い放った言葉に、私は愕然とした。


 


「自分の首が危ない時に、部下の心配か。今後の見せしめの為、兵士12名全員を銃殺の刑に処す。」


 


銃殺!!


 


軍隊での不服従の罪は重い・・・。しかし、いきなり極刑とは・・・。


 


「国王陛下から処分を申し渡されるまで、君の軍務証書を取り上げる。さあ、早く証書を出したまえ。」


 


茫然とする私に、従卒が近づき軍務証書を渡すようにと促した。軍籍を証明し公権力の行使を裏付ける証書を渡してしまえば、私は准将として行使してきた権力を失う事になる。なんの力もない私が、捕えられた彼らを助ける事ができるのか・・・。それに、議員達はどうしただろう。第一班以外の者達が、ブイエ将軍の指揮に従い突入し、議員達を排除したのか・・・?


 


不安と焦りが、胸をじりじりと焼いて行く。ジャルジェ家の紋章を刻印した革ケースに入れて胸ポケットに納めていた軍務証書を、震える手で従卒に渡すと、従卒は執務机に着いた将軍にそれを渡した。


 


「平民議員達は・・・?」


 


「安心したまえ、ジャルジェ准将。今頃は変わりに近衛兵がベルサイユ宮から会議場へ出発しているはずだ。」


 


ブイエ将軍は老獪な将軍だ。アラン達の抵抗を受け、動揺する衛兵隊士達に平民議員達を排除させ、万が一にも兵士達が反乱を起こすような事態ともなれば、将軍自身の責任問題になることを恐れたに違いない。


 


ブイエ将軍がここに戻ってからどれほどになる?ムニュ・プレジール館に向かった近衛兵達に先んじる事ができるか・・・?一刻の猶予もなかった。司令官室に従卒が二人、衛兵が二人・・・。扉を突破出来さえすれば・・・!


 


隙を突き、扉を目指し猛然と走り出す。


 


「ど、どこへ行かれます、ジャルジェ准将!?」


 


慌てて立ち塞がる従卒を突き飛ばし、扉を目ざす。


 


「通せ!!君達に少しでも良心があるのなら!」


 


掴みかかる腕を振り払い、扉に辿りついたと同時に、従卒達の腕が私の身体を抑え込みにかかる。


4人の男が必死の形相で私に迫る。


 


「アンドレ!そこにいるか?!アンドレ!開けてくれ!この扉を!聞こえるか!アンドレ!!」


 


かろうじて自由になる右腕で扉を力一杯叩いた。


 


ああ、お前なら聞こえるだろう!お願いだ、この扉をあけてくれ!私を卑怯者にしないでくれ!


私は行かねばならないんだ!


 


「オスカル!」


 


扉が開いたと同時に私は渾身の力で、抑えつけていたいくつもの腕を振り払い廊下へ走り出た。すかさずアンドレが扉を閉めた。持っていた銃を閂のように取手に差しこんだ。


 


「剣を借りるぞ!ついて来い!」


 


アンドレの剣を受け取り、走り出す。


 


「逃すな!逃すな!追えー!!謀反人だ、捉えろ!」


 


司令官室の扉の向こうで、ブイエ将軍の叫ぶ声が聞こえた。謀反人と呼ばれようとかまいはしない。私は行かねばならないのだ!


 


 


司令官室から長い廊下を走り抜け、階段を一気に駆け降りる。


 


「衛兵隊のジャルジェ准将だ。馬を借りる!」


 


建物の入口に繋がれていた馬を、奪うようにして飛び乗った。


 


「先に行く!必ず追って来い!」


 


僅かに遅れて騎乗したアンドレに声をかけ、一気に加速する。あれほど激しく降っていた雨は上がり、薄日が差し始めていた。

《続く》

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