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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(17)

街道から屋敷に向かう道へと馬車はゆっくりと曲がって行く。

「旦那様のお戻りは・・・、遅くなるだろう・・・な・・・。」

ぼそりとつぶやかれた言葉に、虚を突かれた。思わず見合わせた顔に、私達は互いの恐れを見つける事になってしまった。私の命令拒否は、当然のことながら、父の耳に入っているに違いない。我が家にこそ、最大にして最強の難物が存在している。それに気付いた瞬間、背筋がぞっと凍りついた。

「アンドレ、先に言っておく。これは、私と父の問題だ。お前には関係がない。余計な真似を絶対にするなよ!」

「オスカル、俺は・・・」

馬車が止まり、私は最後までアンドレの言葉を聞かず、先に下りてしまった。いつものように出迎えに出た者達は、私の常ならぬ雰囲気に訝しげな眼差しを向けた。これから起こるだろう嵐について、理解し対応できる者は誰だろう。私は素早く出迎えの者達を見渡した。

「アンリエッタ、今晩は私の部屋に誰も近づけないでくれ。よいね。」

私のよき理解者であり、母の信頼も厚いアンリエッタこそが適任に違いない。どうせアンドレも彼女にだけは本当の事を話すに決まっている。

足早に階段をのぼる私の後ろを、アンドレが追ってくる。自室の扉を開くと、みなれた調度の影が夕暮れの淡い光に浮かんでいた。自室に戻った安堵からか、急に身体から力が抜け、倒れこむように椅子に座った。思わず知らず、深い溜め息が漏れてしまう。

アンドレは、ランプに火をいれテーブルの上に置いた。何を言うわけでもなく、彼はただそこにいる。幼い時からそうだった。私の惑いを察すると、黙って傍にいてくれる。だから私は分らなかった。いつも1人で解決した気になっていた。でも、そうじゃない。振り返れば、必ずそこにお前がいてくれる、その安心感に甘えきり、支えられている事に気がつかなかった。愚か者なのだ、私は。

軍法会議を恐ろしいとは思わない。だが・・・、父と相対する事は、とてつもなく恐ろしい。物心つかぬ頃から、父の背中を追ってきた。いつか父のように立派な将軍になるのだと、夢見て来た。厳しい父に反発を感じたこともある。だが、父に満足してもらえる息子でありたいと、ずっと願ってきた。

結局、私は・・・、息子にはなれない・・・。

私はジャルジェ家の為に、自分の心を偽ることはできない。遠い父祖から守り継がれてきた名誉より、私自身の思いに正直でありたいと願ってしまう。振り子のように、心は二つの極を揺れ動く。このまま、お前を傍に置けば、手を伸ばしその胸にすがりたくなってしまう。いつでも、私をありのまま受け止めてくれたのはお前だから。

だからこそ、お前を私と父との葛藤に巻き込みたくない。

「謹慎を命じられたのは私だけだ。お前まで付き合う必要はない。部屋で少し休め。」

顔を上げ、見上げれば気遣わしげな黒い瞳がそこにあった。駄目だ!一刻も早く彼を遠ざけなければ、心が折れてしまう・・・。

「もう下がっていい!私は一人になりたいのだ。」

苛立ちのままに声を荒げ、お前の優しい瞳を冷たく睨みつけた。お願いだ、私の心に気付かないでくれ・・・。

「分かったよ。お前も少し休め。今更じたばたしたって仕方ないさ。覚悟の上だったんだろ?何かあれば、すぐに来るから。」

お前は静かな声でそう言うと、部屋を出て行った。扉が閉まる音がしたとたん、私は背もたれに身体を投げ出し、大きく息を吐いた。



アベイ牢獄(Abbaye=修道院)はその名の通り、パリでも最も歴史あるサン・ジェルマン・デ・プレ修道院の一角にあった。160年ほど前に軍の牢獄として建てられた正方形の建物の四つ角には、それぞれ望楼がもうけられていた。牢獄が建てられる前は、そこにさらし台があったという。まさか、ブイエ将軍は彼らを晒し者にしようというつもりはないだろう。さらし刑は、晒された者が人々の平穏な暮らしを脅かすならず者であれば、人々は躊躇わず罵詈雑言を浴びせ、石を投げつける残酷な刑ともなるが、権力の横暴に反旗を翻した者は、人々の同情を集め、権力への反感を増幅させるものともなった。いかに旧体制にどっぷりつかった将軍でも、彼らを晒そうものなら、どんな結果になるかはわかるだろう。

ブイエ将軍が彼らを正式な軍法会議にかけるつもりがないことは端からわかっている。これまでも彼らはブイエ将軍に対し、従順であったことはなかっただろう。上官に従わぬ者にいかなる処分がくだされるかを見せつけるのに、彼らの処刑が最適の手段だと将軍は考えたに違いない。

ほかの班員はとにかく、不服従が軍規違反であることを、アランは知っている。サボタージュではなく、明らかなる命令拒否。相応の処分が下される事を覚悟しての行動だろう。法に依らぬ感情的な処分だけはやめさせなければならない。彼らは人として法で裁かれる権利がある。

私刑にも等しい処分など、許してはならない。だが、どうしたらブイエ将軍を説得し、捕らえられた彼らを救う事ができるだろう。軍務証書が取り上げられてしまっている今、私は軍務に就く事ができない。しかし、軍法会議が開かれるまでは、まだ動く事ができる。それまでの間に、軍の有力者でなおかつ現状を冷静に見ている人物に、民衆に近い兵士達を私刑に近い形で処分する事がどれだけ危険か説明し、ブイエ将軍に圧力をかけてもらう事ができないだろうか・・・。目ぼしい人物の相関関係を頭の中に描き、どの人物から説得をすれば一番効果的かを考える。直接談判が可能な人物は誰か、適切な仲介者を通じ接触するべき人物は誰か・・・。こんな時、お前と相談できたら、どれほど心強いだろう。宮廷内の人間関係の把握は、お前の得意分野だ。だが、何時父が戻ってくるかわからない今、出来るだけこの部屋からお前を遠ざけておかなければならない。

私の命令拒否を、父はどこで、誰から聞いたのだろうか。ジェローデルからか、はたまた、ブイエ将軍からか・・・。王家に深く忠誠を誓う父にとって、私の行動はジェルジェ家の名誉を汚し、父の立場を危うくする手ひどい裏切りに違いない。だが、果たして、ただ従うだけが忠誠だろうか・・・。私は王家を裏切ってなどいない。ただ、気付いていただきたいのだ。今なら、まだ間に合うかもしれない。国王陛下が、王妃様が、人々の声に耳を傾けて、その苦しみに寄り添って下されば、このフランスは王家の白百合の旗を先頭に、改革への道を進めるかもしれない。

部屋に閉じこもったまま、晩餐に下りて行かない私の為に、侍女が部屋まで食事を届けに来た。トレ―の上には、ヴァンと私の好みの物が盛りあわされた皿が乗っていた。昼食を食べていないが、食欲はまるでなかった。ただ、酷く喉が渇いていた。ヴァンで喉を潤し、チーズと果実のコンポートを無理やり口に押し込こんだ。味などまるでわからない。機械的に咀嚼し、ヴァンで飲下す。何度かそれを繰り返すのが精一杯だった。


《続く》

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