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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(15)

雲間から落ちる光が、ムニュ・プレジール館の中庭の濡れた石畳を照らしていた。剣を鞘に納め、私は天を仰いだ。生きている。命を盾にした賭けに、私は勝ったのだ。目を開けると、淡い金色に光る石畳の上を、青い制服の兵士がまっすぐに駆け寄ってくるのが見えた。艶やかな黒髪をなびかせて、近づいてくるその姿に、私の目は釘付けになる。

「まったく!お前ときたら、無茶をする!俺の寿命が5年は縮んだぞ!」

息を切らしたお前が、私を見上げた。その黒い瞳の奥にあるのは、限りない慈愛。

「私は、勝算の無い賭けはしない主義だ。この通り、この場は無事おさまったではないか。」

馬から下りて、借りた剣を胸に押し付けるように渡した。

「そうだろうけど・・・、お前に、もしもの事があったら・・・、俺は・・・。」

仕方ない奴だとでも言いたげな顔で、両手で剣を受け取り、お前は腰に佩いた。

いつもそうだ。私は素直になれない。生きながらえて、彼の姿を、またこの目で見る事ができた。その安堵と喜びに、こんなに胸が締め付けられているのに、それなのに、口をついて出るのは、強がりばかり。お前がいなければ、私はこの場に来る事ができなかった。声なき叫びを聞きとって、お前は私の望む道を切り開く先駆けとなってくれる。そして、がむしゃらに突き進む私を、心の底から気遣ってくれる。

「ジャルジェ准将!」

背後から、突然声がかけられた。振り向くと、国民議会に合流していた貴族議員達が、信じられないと言わんばかりの顔で、私を見つめていた。

「王妃付近衛連隊長であったあなたが、国民議会を支持なさっているとは、思いもよりませんでした。」

わずか19歳にして、私財を投じてアメリカ独立戦争に参加し、大きな功績を上げたラ・ファイエット侯爵が、大きく腕を広げて私に近づいてきた。

「さあ、あなたの英雄的行為をみなさんに伝えましょう。議員達もきっとあなたを歓迎するでしょう!」

いつの間にか、ムニュ・プレジールの中庭には、多くの人々が集まって来ていた。近衛兵が退却し、衛兵隊士も警護の任を解かれている。正門で人々が中庭に入ってくるのを制止するものは誰もいないに違いない。集まった人々の目が、私とラ・ファイエット侯に注がれていた。近衛兵を退却させたものは誰なのかと、人々が口々に問う。ここで私の名が出ることはどうしても避けたかった。私は一刻も早くこの場を離れ、指令本部へ戻らねばならなかった。

その時、人々のなかから、声が上がった。

「ラファイエット侯だ!アメリカ独立の英雄が、議員達を護ったんだ!!」

その声の主が誰なのか、私にはすぐに分かった。その声に応えるように、ラファイエット侯を讃える声があちこちで上がった。ラファイエット侯の瞳が、その声に明るく輝いたのを私は見逃さなかった。深い面識があった訳では無かったが、その自信にあふれた態度や言葉の中に、私は直感的に相容れないものを感じていた。

「ラファイエット侯、私は近衛隊を退いたとは言え、王家をお守りする立場の者。自国民に対し武力行使を行うなどという愚行が行われる事を、その立場から止めたにすぎない。私はすぐに指令本部に戻り、警備の手配をしよう。あなた方は剣をとり、議員達を護ろうとなさった。それだけが、事実です。」

前に出るようにとラファイエット侯に促し、私は彼に敬礼した。人々は熱狂し、口々に彼の名を呼んだ。
もはや私の存在に注目するものはいなかった。すかさず私は馬を牽き、正門へと向かった。

「オスカル、急ごう。追手が来る前に指令本部に戻るつもりだろう?」

人々の間からすり抜けて来たアンドレが合流する。

「ああ、いいタイミングで声をかけてくれたな、助かった。アンドレ、まずは、ダグー大佐にムニュ・プレジール館に警護の者を出す様に手配してくれ。その後、王宮の様子を見てきてくれ。人の流れがおかしいかった。私は1人で本部に戻る。」

ムニュ・プレジール館に向かう間に見た異様な光景が脳裡に蘇り、言い知れぬ不安が胸に痞えていた。

「1人で大丈夫なのか?」

早足になる私の後ろから、お前の心配そうな声がかけられる。捕らえられたアラン達に残された時間が、どれだけあるのかわからない。一刻も早く指令本部に戻らねばならなかった。捕らえられるのと自ら戻るのは全く違う意味を持つ。ただ、今、何が起きているのか知りたかった。その為には、アンドレに動いてもらうしかないのだ。

「心配するな。今すぐに軍法会議が開かれるわけじゃない。バスティーユ送りになったら、差し入れを頼むぞ。」

否応無しに高まる緊張を、幼馴染への軽口で必死に逃がす。

「ああ、最上級のワインを差し入れてやる。安心しろ。」

私の不安をぬぐい去るように、お前は私の苦し紛れの軽口を受け止め、そして軽やかに投げ返す。

「よし、何か情報がつかめたら、指令本部に来て待機していてくれ。」

正門のところで、それぞれに、馬に飛び乗り走りだした。これから先、なにが起こるのか全くわからない。アラン達の事、私自身の処分・・・。立ち止まれば、そこで立ちすくんでしまうだろう。前に進む以外無い。それだけが、はっきりと分かっていた。

ぴりぴりと張りつめた空気が、司令本部に充満していた。無理もない。将官と兵士の不服従という、あってはならない事が起きたのだから。しかし、それだけだろうか?王宮前に集まっていた人々はいったいどこに向ったのか。自ら王宮に駆けつけ確かめたい衝動にかられる。しかし、アンドレがもたらすだろう情報を、私は待つべきなのだ。果たすべき責任を見失ってはならないと、私は自身に強く言い聞かせた。


司令官室へと続く廊下ですれ違う者は、みなまるで幽霊でもみたかのように立ち止まり、顔を強ばらせた。私は「謀反人」であり、指令官室から逃亡したはずの者なのだ。逃亡者が自ら戻るなどあり得ない。だからこそ、私は拘束の手が及ぶ前に、ここに戻らねばならなかった。私の行動が「謀反」などではない事を示す為に。

国王陛下がこの国を統べる者ならば、王国にすむ国民をこそ守らねばならない。それは権力を持つ者の義務なのだ。義務を果たさぬ権力に、服する者はいない。権力の源となるものが変わろうとしていることを、人々は気づき始めている。今はまだ王家と人々をつなぐ信頼の糸は、かろうじてつながっている。だが、限界が近づいている事も確かなのだ。私はルイ・オーキュスト様とマリー・アントワネット様を信じたい。この糸を断ち切ることなく、再び強く結び直す努力をなさろうとして下さる事を、信じたいのだ。

ブイエ将軍は執務室にいなかった。留守を預かる副官の驚く様は、なかなかの見物だった。それはそうだろう、つい先ほど大立ち回りを演じて脱走した者が、たった一人で何事も無かったかのように、戻って来たのだから。

「ブイエ将軍はご不在か?先ほどは大層失礼をいたしました。どうしても行かねばならぬ用があったのですよ。なに、用は済ませて参りましたから、ブイエ将軍からの連絡をここで待たせていただきましょう。」

私は平然と従卒に飲み物を持ってくるように言いつけ、ソファに腰を下ろした。

《続く》

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