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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと(12)

王宮からまっすぐに延びる道を、国王陛下や王族、政府高官らを乗せた雅やかな馬車が近衛兵らに護衛されてやってくる。その隊列を立ち止まって迎える人々の顔は、冷たくこわばっていた。彼らはすでに宮廷が三部会を強引にねじ伏せようとしている事を感じ取っているのだろう。ムニュ・プレジール館の正門に国王陛下の馬車が到着しても、取り巻く人々は、沈黙するばかりだった。平民議員達を励まそうと、声を上げ、手を振っていた人々が、言葉を忘れたかの様に、ただじっと門に吸い込まれていく馬車の列を見つめていた。国王陛下も冷やかな民衆の眼差しを受け、こわばった表情のまま居並ぶ近衛兵らに護られながら議場へと向かわれた。


 アントワネット様に対する様々な誹謗中傷に比べ、国王陛下に対しての批判があからさまになされる事はあまり無かった。質素で真面目なお人柄が国民に愛されこそすれ、憎まれる理由など無かったのだ。わずか二ヶ月足らず前、三部会の開会に伴うパレードで、沿道を埋める人々は国王陛下を讃え、笑顔で手を振っていた。国王陛下の控えめで真面目な性格は、一人の人としては好ましいものだったが、一つの国を統べる王者として必要な何かを、明らかに欠いていた。


人々は、国王陛下が疲弊しきったこの国を立て直す為に、長らく開かれることの無かった三部会を召集されたのだと信じた。国王陛下ご自身も、第一身分、第ニ身分の特権の制限を実現しなければ、破綻した財政を立て直す事ができない事を承知していた。しかし、宮廷貴族達を抑えることができず、さりとて第三身分を味方につけることもできず、三部会は何一つ国民に対し希望ある道筋を示す事ができないまま混迷を深めるばかりだ。


 期待が大きければ大きいほど、叶えられない時の落胆は大きくなる。落胆はやがて怨嗟になり、裏切られた信頼は復讐へと向かうだろう。国王陛下が会議場に到着してもなお、ネッケル氏は姿を見せなかった。書記官の情報は正しかったのだ。議会は傍聴者の1人もなく、宮廷と第三身分の間を取りなす者として国王陛下の傍に在るはずの財務大臣を欠いたまま、始まろうとしていた。


 「ジャルジェ准将、ブイエ将軍からの至急のお呼び出しです。」


 控えの間の一室で濡れてしまった髪を乾かしているところに、伝令がやって来た。いったい何用だというのだろう。訝しく思いつつ、アンドレを伴い指令本部へと向かった。馬車の中、私達は互いに気づまりな沈黙を守っていた。先ほどのアランの行動について、私から言及することはできなかった。アランが私に対して向けて来た激しい感情にも驚いたが、それよりも、もっと驚いたのは、あの時湧き上がって来た自身の心の声だった。アランを拒絶しながら、私はアンドレを求めていた。


 武官は感情で行動するものじゃない。


 血の気の多い私の暴走を止める為に、アンドレが口にしてきた父の諫めの言葉が、アランに向けられていた。アランが『軍人』である事をなによりも望む者である事を、アンドレが認めているということか。私からはアンドレの背中に遮られ、アランの姿を見る事ができなかった。アランは、一言も発することなく去っていった。二人の間で、声にならない会話がなされていた事を感じたが、私はそれを問うてはならないだろう・・・。そして、お前もまた、アランのあの行動について、一切触れる事は無いに違いない。


 アンドレにドアの外で待機するように伝え、1人司令官室に入室すると、不機嫌そうな顔をした上官が執務机に向かい書類を捲っていた。従卒が私の到着を告げると、上官は顔を上げ、苦虫をつぶしたような顔で傍に来るようにと言った。


 「ジャルジェ准将、君は平民議員の肩を持ち、ドル―・ブレゼ侯に大層失礼な態度を取ったそうだな。」


 その一言で、すぐにこの呼び出しが儀典長からの苦情によるものだと察しがついた。鼻持ちならない儀典長のしたり顔が浮かび、心の中で舌打ちをしたが、抗弁する間も与えられず、くどくどしい説教が続いた。旧態依然とした権威主義に凝り固まった上官は、知らないのだ。第三身分の議員達が、どれほどの覚悟であの場に集っているかも、今、明らかに潮目が変わろうとしている事も・・・!


 


あわただしいノックの音がして、伝令がやって来た。その者は何か気まずげに私の顔を見たあと、ブイエ将軍になにやら耳打ちをし、一巻の書状を手渡した。将軍はおもむろに書状を広げ、ゆっくりと目を通した。そして、信じられないような命令が下された。


 「兵士達をただちに会議場に浸入させ、居座っている平民議員どもを力づくで追っ払うように!国王陛下からの御命令だ。」


 「えっ!?今・・・、何とおおせになられた・・・?」


 私は、自分の耳を疑った。まさか・・・、まさか、そんな命令を陛下が下すなどという事が・・・?!


 「ジャルジェ准将?聞こえなかったのかね?平民どもが勝手に国民議会などと名乗り、三部会を混乱させる事を、陛下はお許しにならない。陛下が議場からの退場を命じられたにも関わらず、あやつらは議場を占拠し、あまつさえ、退去させたくば軍を連れて来いとまでほざいたそうだ。君は、すぐにムニュ・プレジール館へ戻り、総力をもって、つけ上がった平民どもを排除したまえ!」


 上官は、吐き捨てるように言うと、新たな書類を手に取り平然と目を通し始めた。


 篠突く雨に打たれながら、じっと待ち続ける議員達の姿が脳裏に浮かぶ。何度踏みにじられようと、この国の未来を信じ、熱い血をその身の内に滾らせながら、静かに耐える人々の群れが、私に決断を迫る。いつかこの時が来ることは分かっていた。上官の命令に背く事が、軍組織の中で何を意味するか、承知の上だ。父祖から受け継いだ名誉も、自ら築きあげて来た地位も、全てを失うかもしれない。しかし・・・、しかし、自分を偽る事などできはしない・・・!!


 沈黙する私を訝しみ、上官は顔を上げ私の名を呼んだ。


 「で・・・、できま・・せ・・・ん・・・」


 覚悟の上であっても、声がふるえる・・・。この一言を発することで、もう私は前に進むしかない。自分が信じる一筋の道だけを!


 「できません!!」


上官は私の拒絶にはじかれたように立ち上がり、椅子が派手な音を立てて転がった。一瞬で司令官室は凍るような緊張に包まれた。心臓が締めげられるように痛む。ブイエ将軍の表情が驚きから見る間に怒りへと変わって行く。だが、私はもう引く事などできなかった。


 部下の命を盾に護るべきものが、正義であると信じる事ができなければ、武力は無秩序な破壊と殺戮の手段に過ぎなくなる。生きる事を、未来への希望を必死で求める人々に、銃を向ける事が、正義であるはずがない。


 「軍隊とは・・・国民を守る為のものであって・・・、こ・・・国民に銃を向ける為のものではございません・・・」


力弱き人々でさえ、この国の困難に全力を尽くそうとしている。未来を信じて、踏まれても、踏まれても、なお、力強く!軍隊が意義を持てるのは、ただ一つの理由だけだ。このフランスに生まれ、大地耕し生きる人々を守る為だけだ。その確信が、私の心臓を熱く滾らせる。


 


私は顔を上げ胸を張り、ブイエ将軍をひたと見据えた。


 「軍隊とは国民を・・・」


 「謀反人だ、逮捕しろ!」


私の言葉は、ブイエ将軍の怒号によって、一瞬にして封じられてしまった。



《続く》

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