忍者ブログ

ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

驟雨のあと(13)

「私が兵士達に直接命令を与える。沙汰があるまで、この部屋から一歩も出すな!」

ブイエ将軍は、私の拘束を従卒達に指示すると、自ら兵士達に命令を下す為に、ムニュ・プレジール館へむかった。

この時、私は大変な過ちを犯してしまった事に気がついた。この場は将軍の命令に従い、私はムニュ・プレジール館に向かうべきだったのだ。その上で、兵士たちを動かさないという手段を取れば良かった。冷静に考えれば、私が兵を指揮する事を拒否したところで、将校など他にいくらでもいる。私の短慮が、ブイエ将軍という最悪の指揮官を彼らのところに派遣してしまったのだ。


 


「武官は感情で行動するものじゃない。」アランにかけられたアンドレの言葉が胸に突き刺さる。


 


誰に命じられようと、同胞に銃を向ける事など彼らにできようはずがない。そうなれば、彼らは先ほどの私のように、命令を拒絶することとなるだろう。そして、一層弱い立場の彼らは、窮地に追い込まれてしまう。私が感情に流されたばかりに、彼らに対する責任を果たせなくなっただけでなく、彼らに逃げ場のない選択を迫る事になってしまったのだ。


「ジャルジェ准将・・・なぜ・・・」


 


従卒のつぶやきはそのまま、私が自身に向けた問いになる。


 


軍隊において、上官命令への不服従は許されない。命を盾に戦う組織の絶対の規律。この身は女であるものの、名誉ある帯剣貴族に生まれ、「戦う者」として厳しい教育を受け、誰よりも「軍人」として生きることを欲して来た。その自分が、なぜ・・・?


 


軍人は感情を持ちえないのか・・・?命令であれば、無辜の人を殺めてもよいのか・・・?武力とは、街を破壊し、人を殺す事ができる力の事だ。この力を、ただ命令に従い、行使することが、本当に正しいことなのか・・・?!


私は、軍人失格なのかもしれない。軍の組織に、身を置きながら、准将という高位の将官でありながら、自分の感情に背く命令に従う事ができなかった・・・。軍人とは、人間であってはならないのか・・・?


 


私は、どのような処分を受けるだろう。私が受ける処分は、どんなものであろうと私の行動の結果であり、引き受ける覚悟はできている。しかし、兵士達はどうなるのだろう。ブイエ将軍が与える命令に、従っても、従わなくても、彼らの心は深く傷つけられることになるに違いない。私は、何と愚かなのだ。感情に溺れ、成すべき事を見失ってしまった。剣を取り上げられ、司令官室にただ座して待つ時間は、永遠に続くようにさえ思えた。


 


突然、窓の外が騒がしくなった。胸騒ぎに矢も楯もたまらず、窓に駆け寄った。後ろ手に縛られ、俘虜の様に繋がれた第一班の兵士たちがそこにいた。彼らはブイエ将軍の命令に従わなかったのだ!私の過ちの結果を、彼らが引き受けている。窓に貼り付く私を従卒たちがひきはがそうと手を伸ばしたが、夢中で払いのけて窓を開けた。


 


窓から身を乗り出して声を限りに、彼らの名を呼んだ。うなだれ歩いていた一班の兵士達が立ち止まり、私の姿を探す。私は、彼らの名を叫ぶ。私の姿を見つけた彼らが、私の声に応えて私を呼んだ。



「どこへ連れて行く気だ!?わ・・・私の部下を・・・私の部下だ!!」

ああ!私はなんと思い上がっていたのだろう。彼らが私を導いてくれたのに。何も知らぬ飾り人形に過ぎなかったこの私に、祖国の真実の姿を教えてくれた。困難にあってもしたたかに熱く生きる彼らだから、私は飾る事なく自分をぶつけていくことができたのだ。この手で、この身体で、直接訓練した。祖国を護る為に、私のありったけをぶつけて・・・!!喜びも、苦しみも、悲しみも全てを・・・、全てを共にしてきた、私の兵士達・・・。彼らは、私の、部下だ・・・!!


 


その彼らを窮地に追い込んだのは・・・・、他ならぬこの私なのだ! 


 


フランソワが、ジャンが、泣きながら私を呼んでいる。彼らは命をかけて、議員達に銃を向けることを拒んだのだ。アランが、歯を食いしばり、まっすぐに私を見つめていた。その瞳が私に問いかける。お前は、何を選ぶのかと。



「待っていろ、助け出してやる!必ず、必ずすぐに助け出してやるぞ!」  


 


曳き立てられていく12人の後ろ姿に、私は誓った。私は、この命にかえても、彼らを救わねばならない。


 


「ジャルジェ准将、窓から離れ椅子におかけ下さい。間もなく、ブイエ将軍がお戻りになられるでしょう。」


 


従卒の1人が、困惑の表情を浮かべながら、私に着席を求めた。私は、大人しくその言葉に従うしかなかった。彼らには分るまい。今私がどんなにみじめな気持ちでいるかなど・・・。


 


突然扉が開き、ブイエ将軍が戻って来た。


 


「隊長が隊長なら、部下も部下だ。全く!良く仕込んであるものだわい。」


 


眉間には深い皺を刻み、将軍は蔑むような眼差しを私に向けた。


 


「どこへやったのです。私の部下を!?どこへつれて行かれたのか!?」


 


アラン達を軍法会議にかけるつもりなのは明白だとしても、それまでどこに拘留するつもりなのか・・?彼らの置かれた状況をなんとしてでも知りたかった。くってかかった私を払い除け、ブイエ将軍が冷ややかな表情で言い放った言葉に、私は愕然とした。


 


「自分の首が危ない時に、部下の心配か。今後の見せしめの為、兵士12名全員を銃殺の刑に処す。」


 


銃殺!!


 


軍隊での不服従の罪は重い・・・。しかし、いきなり極刑とは・・・。


 


「国王陛下から処分を申し渡されるまで、君の軍務証書を取り上げる。さあ、早く証書を出したまえ。」


 


茫然とする私に、従卒が近づき軍務証書を渡すようにと促した。軍籍を証明し公権力の行使を裏付ける証書を渡してしまえば、私は准将として行使してきた権力を失う事になる。なんの力もない私が、捕えられた彼らを助ける事ができるのか・・・。それに、議員達はどうしただろう。第一班以外の者達が、ブイエ将軍の指揮に従い突入し、議員達を排除したのか・・・?


 


不安と焦りが、胸をじりじりと焼いて行く。ジャルジェ家の紋章を刻印した革ケースに入れて胸ポケットに納めていた軍務証書を、震える手で従卒に渡すと、従卒は執務机に着いた将軍にそれを渡した。


 


「平民議員達は・・・?」


 


「安心したまえ、ジャルジェ准将。今頃は変わりに近衛兵がベルサイユ宮から会議場へ出発しているはずだ。」


 


ブイエ将軍は老獪な将軍だ。アラン達の抵抗を受け、動揺する衛兵隊士達に平民議員達を排除させ、万が一にも兵士達が反乱を起こすような事態ともなれば、将軍自身の責任問題になることを恐れたに違いない。


 


ブイエ将軍がここに戻ってからどれほどになる?ムニュ・プレジール館に向かった近衛兵達に先んじる事ができるか・・・?一刻の猶予もなかった。司令官室に従卒が二人、衛兵が二人・・・。扉を突破出来さえすれば・・・!


 


隙を突き、扉を目指し猛然と走り出す。


 


「ど、どこへ行かれます、ジャルジェ准将!?」


 


慌てて立ち塞がる従卒を突き飛ばし、扉を目ざす。


 


「通せ!!君達に少しでも良心があるのなら!」


 


掴みかかる腕を振り払い、扉に辿りついたと同時に、従卒達の腕が私の身体を抑え込みにかかる。


4人の男が必死の形相で私に迫る。


 


「アンドレ!そこにいるか?!アンドレ!開けてくれ!この扉を!聞こえるか!アンドレ!!」


 


かろうじて自由になる右腕で扉を力一杯叩いた。


 


ああ、お前なら聞こえるだろう!お願いだ、この扉をあけてくれ!私を卑怯者にしないでくれ!


私は行かねばならないんだ!


 


「オスカル!」


 


扉が開いたと同時に私は渾身の力で、抑えつけていたいくつもの腕を振り払い廊下へ走り出た。すかさずアンドレが扉を閉めた。持っていた銃を閂のように取手に差しこんだ。


 


「剣を借りるぞ!ついて来い!」


 


アンドレの剣を受け取り、走り出す。


 


「逃すな!逃すな!追えー!!謀反人だ、捉えろ!」


 


司令官室の扉の向こうで、ブイエ将軍の叫ぶ声が聞こえた。謀反人と呼ばれようとかまいはしない。私は行かねばならないのだ!


 


 


司令官室から長い廊下を走り抜け、階段を一気に駆け降りる。


 


「衛兵隊のジャルジェ准将だ。馬を借りる!」


 


建物の入口に繋がれていた馬を、奪うようにして飛び乗った。


 


「先に行く!必ず追って来い!」


 


僅かに遅れて騎乗したアンドレに声をかけ、一気に加速する。あれほど激しく降っていた雨は上がり、薄日が差し始めていた。

《続く》

拍手

PR

驟雨のあと(12)

王宮からまっすぐに延びる道を、国王陛下や王族、政府高官らを乗せた雅やかな馬車が近衛兵らに護衛されてやってくる。その隊列を立ち止まって迎える人々の顔は、冷たくこわばっていた。彼らはすでに宮廷が三部会を強引にねじ伏せようとしている事を感じ取っているのだろう。ムニュ・プレジール館の正門に国王陛下の馬車が到着しても、取り巻く人々は、沈黙するばかりだった。平民議員達を励まそうと、声を上げ、手を振っていた人々が、言葉を忘れたかの様に、ただじっと門に吸い込まれていく馬車の列を見つめていた。国王陛下も冷やかな民衆の眼差しを受け、こわばった表情のまま居並ぶ近衛兵らに護られながら議場へと向かわれた。


 アントワネット様に対する様々な誹謗中傷に比べ、国王陛下に対しての批判があからさまになされる事はあまり無かった。質素で真面目なお人柄が国民に愛されこそすれ、憎まれる理由など無かったのだ。わずか二ヶ月足らず前、三部会の開会に伴うパレードで、沿道を埋める人々は国王陛下を讃え、笑顔で手を振っていた。国王陛下の控えめで真面目な性格は、一人の人としては好ましいものだったが、一つの国を統べる王者として必要な何かを、明らかに欠いていた。


人々は、国王陛下が疲弊しきったこの国を立て直す為に、長らく開かれることの無かった三部会を召集されたのだと信じた。国王陛下ご自身も、第一身分、第ニ身分の特権の制限を実現しなければ、破綻した財政を立て直す事ができない事を承知していた。しかし、宮廷貴族達を抑えることができず、さりとて第三身分を味方につけることもできず、三部会は何一つ国民に対し希望ある道筋を示す事ができないまま混迷を深めるばかりだ。


 期待が大きければ大きいほど、叶えられない時の落胆は大きくなる。落胆はやがて怨嗟になり、裏切られた信頼は復讐へと向かうだろう。国王陛下が会議場に到着してもなお、ネッケル氏は姿を見せなかった。書記官の情報は正しかったのだ。議会は傍聴者の1人もなく、宮廷と第三身分の間を取りなす者として国王陛下の傍に在るはずの財務大臣を欠いたまま、始まろうとしていた。


 「ジャルジェ准将、ブイエ将軍からの至急のお呼び出しです。」


 控えの間の一室で濡れてしまった髪を乾かしているところに、伝令がやって来た。いったい何用だというのだろう。訝しく思いつつ、アンドレを伴い指令本部へと向かった。馬車の中、私達は互いに気づまりな沈黙を守っていた。先ほどのアランの行動について、私から言及することはできなかった。アランが私に対して向けて来た激しい感情にも驚いたが、それよりも、もっと驚いたのは、あの時湧き上がって来た自身の心の声だった。アランを拒絶しながら、私はアンドレを求めていた。


 武官は感情で行動するものじゃない。


 血の気の多い私の暴走を止める為に、アンドレが口にしてきた父の諫めの言葉が、アランに向けられていた。アランが『軍人』である事をなによりも望む者である事を、アンドレが認めているということか。私からはアンドレの背中に遮られ、アランの姿を見る事ができなかった。アランは、一言も発することなく去っていった。二人の間で、声にならない会話がなされていた事を感じたが、私はそれを問うてはならないだろう・・・。そして、お前もまた、アランのあの行動について、一切触れる事は無いに違いない。


 アンドレにドアの外で待機するように伝え、1人司令官室に入室すると、不機嫌そうな顔をした上官が執務机に向かい書類を捲っていた。従卒が私の到着を告げると、上官は顔を上げ、苦虫をつぶしたような顔で傍に来るようにと言った。


 「ジャルジェ准将、君は平民議員の肩を持ち、ドル―・ブレゼ侯に大層失礼な態度を取ったそうだな。」


 その一言で、すぐにこの呼び出しが儀典長からの苦情によるものだと察しがついた。鼻持ちならない儀典長のしたり顔が浮かび、心の中で舌打ちをしたが、抗弁する間も与えられず、くどくどしい説教が続いた。旧態依然とした権威主義に凝り固まった上官は、知らないのだ。第三身分の議員達が、どれほどの覚悟であの場に集っているかも、今、明らかに潮目が変わろうとしている事も・・・!


 


あわただしいノックの音がして、伝令がやって来た。その者は何か気まずげに私の顔を見たあと、ブイエ将軍になにやら耳打ちをし、一巻の書状を手渡した。将軍はおもむろに書状を広げ、ゆっくりと目を通した。そして、信じられないような命令が下された。


 「兵士達をただちに会議場に浸入させ、居座っている平民議員どもを力づくで追っ払うように!国王陛下からの御命令だ。」


 「えっ!?今・・・、何とおおせになられた・・・?」


 私は、自分の耳を疑った。まさか・・・、まさか、そんな命令を陛下が下すなどという事が・・・?!


 「ジャルジェ准将?聞こえなかったのかね?平民どもが勝手に国民議会などと名乗り、三部会を混乱させる事を、陛下はお許しにならない。陛下が議場からの退場を命じられたにも関わらず、あやつらは議場を占拠し、あまつさえ、退去させたくば軍を連れて来いとまでほざいたそうだ。君は、すぐにムニュ・プレジール館へ戻り、総力をもって、つけ上がった平民どもを排除したまえ!」


 上官は、吐き捨てるように言うと、新たな書類を手に取り平然と目を通し始めた。


 篠突く雨に打たれながら、じっと待ち続ける議員達の姿が脳裏に浮かぶ。何度踏みにじられようと、この国の未来を信じ、熱い血をその身の内に滾らせながら、静かに耐える人々の群れが、私に決断を迫る。いつかこの時が来ることは分かっていた。上官の命令に背く事が、軍組織の中で何を意味するか、承知の上だ。父祖から受け継いだ名誉も、自ら築きあげて来た地位も、全てを失うかもしれない。しかし・・・、しかし、自分を偽る事などできはしない・・・!!


 沈黙する私を訝しみ、上官は顔を上げ私の名を呼んだ。


 「で・・・、できま・・せ・・・ん・・・」


 覚悟の上であっても、声がふるえる・・・。この一言を発することで、もう私は前に進むしかない。自分が信じる一筋の道だけを!


 「できません!!」


上官は私の拒絶にはじかれたように立ち上がり、椅子が派手な音を立てて転がった。一瞬で司令官室は凍るような緊張に包まれた。心臓が締めげられるように痛む。ブイエ将軍の表情が驚きから見る間に怒りへと変わって行く。だが、私はもう引く事などできなかった。


 部下の命を盾に護るべきものが、正義であると信じる事ができなければ、武力は無秩序な破壊と殺戮の手段に過ぎなくなる。生きる事を、未来への希望を必死で求める人々に、銃を向ける事が、正義であるはずがない。


 「軍隊とは・・・国民を守る為のものであって・・・、こ・・・国民に銃を向ける為のものではございません・・・」


力弱き人々でさえ、この国の困難に全力を尽くそうとしている。未来を信じて、踏まれても、踏まれても、なお、力強く!軍隊が意義を持てるのは、ただ一つの理由だけだ。このフランスに生まれ、大地耕し生きる人々を守る為だけだ。その確信が、私の心臓を熱く滾らせる。


 


私は顔を上げ胸を張り、ブイエ将軍をひたと見据えた。


 「軍隊とは国民を・・・」


 「謀反人だ、逮捕しろ!」


私の言葉は、ブイエ将軍の怒号によって、一瞬にして封じられてしまった。



《続く》

拍手

驟雨のあと(11)

篠突く雨を切り裂く様に、男が走っていく。

「ばか!!どこへ行く、何をする気だ!?」

私はすぐさま後を追った。権力者の横暴に、堪えきれないアランの気持ちは痛いほどわかる。だが、儀典長を切り捨てたところで、この世はなにもかわらない。血の滾りに身を任すほど、まだ彼は若いのだ。手には抜き身の剣が握られている。会議場と隣接する建物のアーケードの長さはおおよそ25トワーズ(今の50メートルほど)。足に自信はあったが、素手で走られたら追いつけない。だが、抜いた剣が前を走る男の枷となる。諦めなければ、間合いを詰めるチャンスはある。

「アラン!待て!無茶な事をするんじゃない!」

走りながら、彼の名を何度も叫んだ。

アーケードの終わりで奴のスピードが落ちた。一気に間合いを詰め、剣を持つ手首を捕まえた!

「ばかっ!!無意味な事は止めるんだ!!」

もう、息が詰まる寸前だ。肺に残る息を限りに、無鉄砲な部下を怒鳴り付けた。アランの腕をつかんだまま、私はもう声も出せないでいた。彼の人生をこんな事で終わらせたくない。無鉄砲さで負ける気はしないが、その代償が決して安く無いことも身に染みている。

アーケードの屋根から薄い帳の様に雨の滴が垂れ落ちる。アランの激しい息づかいを聞きながら、私は迷い子を見つけた母のような安堵にみたされ、思わず頬が緩んだ。

「よ・・・、よけいな・・・。」

腕を取られたままのアランが、叱られた子供のような顔をして、つぶやいた。血の気は多いが、憎めない奴なのだ。

突然、石敷きの床にアランの剣が落ちて、耳障りな音を立てた。つかんだ腕がふりほどかれて、逆に両の手首を捕まれた。払おうとしたが、腕にはほとんど力が入らない。彼を止める為に全力疾走をしてしまったせいだ。もとより体力に余裕が無くなってしまっている。悔しいが、此奴には体術の小技も通じない。叱りつけるか、理詰めで説くか・・・。アランをここに留める事が出来さえすれば、どちらでも構わない。上がってしまった息を整えながら、間合いを保ったまま、じりじりと後ずさった。踵が壁にあたり、もう後退の余地がなくなった事を悟った時だった。

いきなり間合いが詰められ、アランの顔が近づいてきた。その顔に浮かぶ表情に、私は驚愕した。それはあの夜のアンドレの表情と不思議なほど重なるものだった。まさか、アランが・・・?

そう思った瞬間、壁に身体が押しつけられ、アランの唇が私の唇に重ねられていた。火のように熱い唇が、私の唇を荒々しく食んでくる。驚きと同時に、自分の鈍さにあきれるばかりだ。男の姿をしていても、私には男の気持ちなどわからない。

なぜ、今なのだ?
なぜ、ここなのだ?
なぜ、この私なのだ?

渾身の力で身をよじり、顔を背けるが、アランの唇は私のそれを執拗に追いかけてくる。男とは、こういう生き物なのか?非力な女を力でねじ伏せ、意のままに扱うものなのか?女の意思など斟酌せずに、己の欲望をこんなにもあからさまにぶつけてくるものなのか?この私も、女だから・・・?剣を持てば互角に戦いうる相手だと、知っていても?

混乱のままにもがいてみたが、手首はいよいよ固く握り締められるばかりだ。アランの唇が首筋に吸い付いた時、激しい嫌悪がこみあげた。

「は・・・な・・・せ・・・!」

私に触れていいのは、アンドレだけだ。お前じゃない!心の中で、叫んでいた。

急に左手首が不自然に引っ張られ、アランの悲鳴とともに、私は体の自由を取り戻した。壁に体をもたせかけたまま、私は動く事ができなかった。眼前にアンドレの背中だけが見えた。振り上げた拳と、広い背中が、噴き上がる怒りに震えていた。まるで時間が止まってしまったかのように、二人は睨みあったまま、微動だにしなかった。焼けつくような緊張が、極限まで高まって行く。しかし、振り上げられたアンドレの拳は、そのまま更に固く握りしめられたまま、ゆっくりと下ろされた。

「アラン、武官は感情で行動するものじゃない。おまえは班長なんだ。早く配置に戻れ!」

押し殺した冷たい声だった。聞いた事のない声・・・、いや、違う。アランたちに拘束された私を救うため、食堂に飛び込んできたお前は、こんな声で居並ぶ兵士たちを恫喝したのだ。およそ私の前で見せたことのない荒々しさで、兵士たちを罵り、躊躇なく引き金を引き、発砲してのけた。

男とは、そういうものなのか?男として育ち、生きてきた私にすら、想像し得なかった激しさを、お前はその穏やかな佇まいのなかに、ずっと隠しもっていたというのか?!

アランが剣を拾い上げ、走り去る気配を、お前の背中越しに感じた。私とアランの間に立ちはだかったお前は、一体何を思っていたのだろう・・・。緊張の糸がふと緩み、気が遠くなる。壁にもたれたまま、深く息を吸いこんだ。唇に残る感触を払うように唇を手の甲で拭ったとき、振り返ったお前と目があった。

ただ一つの黒い瞳が、言葉より雄弁に、私を護ると言っていた。ずっと、ずっと、私はお前に護られてきたのだな・・・。

「議員達の誘導は・・・?」

私は息を整え、ようやく壁から身体を離して、襟元を整えた。

「小隊長が当たっている。」

アンドレが、私からの指示として、小隊長に指揮をするように伝えたのだろう。

「陛下が到着なさる時間が迫っているな。」

「ああ、お迎えに出なければな。」

「よし・・・、では、行こう。」

アーケードに二つの靴音が響き始める。私が一歩を踏み出す時、お前はいつもそこにいてくれる。だから、私は迷うことなく進めるのだ。

(続く)

拍手

驟雨のあと(10)

ベルジェール通りに面したムニュ・プレジール館の塀に、御前会議の開催告知が貼り出されていた。そこには、議員及び許可を受けた者以外の傍聴・立ち入りを禁じる旨の一文が書き添えられていた。


ムニュ・プレジール館の東西に長い敷地は、塀と建物に囲まれている。ベルジェール通りに面する正門から入る中庭と会議場が建つ奥庭は、建物一階分ほどの高低差があり、敷地を南北に分かつように建てられた建物が、会議場への直接の進入を不可能にさせている。正門側から会議場に入るには、この建物の真ん中にトンネルのようにつくられた階段を通るか、中庭を囲むように建つ建物の中を通らねばならなかった。正門、会議場の裏手にある通用門、敷地を囲む通りに兵を配置し、さらに中庭の要所に兵をおいた。人が二人ならんで通れるほどの狭い階段通路は、上下両サイドを固めておけば、例え正門から不審な侵入者があったとしても、拘束することは極めて簡単であると思われた。正午前に、国王陛下と王族・政府高官らが到着する事となっている。彼らを迎える為に、王宮からの道沿いと正門に特に多くの兵を配置するように命令が下されていた。


正門の封鎖を解き、隊員達を中庭に整列させた。陰鬱な雨は止む気配もなく、隊士達の上に降り注いでいる。今日の衛兵隊の持ち場は、ムニュ・プレジール館の外周であり、議場内部の警護は、国王付きの近衛隊が当たることになっていた。封鎖が解かれた事を知れば、この会議の行方を注視している人々が、傍聴を求めてやってくるだろう。しかし、国王臨席のこの会議に、傍聴者を入れない事は、決定事項なのだ。これからの国の行く末が決められるだろう場所から人々を排除し、一体どんな議論をしようと言うのだろうか・・・。釈然としない思いが、胸の中に、わだかまる。


兵の配置を完了したところで、議場内警護に当たる近衛兵達が到着した。衛兵隊士達よりも優れた体格の一団が、一糸乱れぬ隊列を組み、議場へと続く階段を上って行く。かつて自らもあの一団の中に身を置いていたのだ。しかし、今その麗々しさがどこか空々しく感じるのはなぜだろう。私は雨に濡れながら彼らを見送った。


開催の刻限が近づいている。開け放たれた門の前には馬車が並び、議員達が次々に到着していた。傍聴ができるものと思い門をくぐろうとした者達が、衛兵隊士達に制止されていた。門の周囲には、何重もの人垣ができ、到着する平民議員たちに拍手を送ったり励ましの声をかけたりしていた。彼らは傍聴ができぬのならば、せめて中庭に入り、己達の代表を鼓舞したいと望んだ。気持ちは理解できたが、彼らを中庭に入れることは禁止されているのだ。隊士達は複雑な表情を浮かべながら、門の前に集まった人々を制止し続けるしかなかった。


雨が降りしきるなか、門の前の人垣は増すばかりだ。次々に到着する僧侶・貴族議員らは、雨に濡れる間もなく屋内へと消えていく。彼らには控えの間が与えられているからだ。そうした場を持たぬ平民議員たちは、議場への入場を、雨に打たれながら中庭で待つしかなかった。開会の刻限が迫っていると言うのに、遅々として進まぬ平民議員の入場に、門の外で彼らを見守る人々の中からも、不審といらだちの声が上がり始めた。いくら議場への通路が狭いと言っても、時間がかかり過ぎている。なにか入場を阻む事態が起きているとしか思えなかった。



様子を見に行かせたアンドレの報告は、驚くべきものだった。

「儀典長のドルーブレゼ候が、議場入口で一人一人点呼をとりながら入場させている。やっと貴族議員の半分までが入場したところだ。貴族議員が終わるまで、平民議員は入場できない。」

平民議員たちはすでに30分以上も屋根もない中庭で待たされていた。近くでアンドレの報告を耳にした隊員たちにも動揺が走る。

「馬鹿なことを!」

思わず口をついた言葉に、アンドレの隻眼が制する様に眇められた。

「入口の警備は、第一班だ。今は我慢がきいているが、行った方がいい。」

促されるまでもなく、私は足早に議場入口へと向かった。階段通路を駆け登り、議場入口にたどり着く。正面入前の狭い広場に雨に打たれながら、じっと入場を待つ黒いマントの一団があった。


 彼らの姿をまるで無視するかのように、淡々と名簿を読み上げ、煌びやかなマントに身を包んだ貴族議員達を、愛想笑いを浮かべながら、会議場内へ進むようとに促していた。1名ずつ点呼しての入場など、なんの意味があるのだろうか。勿体ぶった仰々しさこそが、宮廷の式典の常ではあったが、そのやり口は明らかに平民議員へ嫌がらせとしか思えなかった。第一班の兵士達はじっと悔しそうに唇をかみしめながら、入口警護に当たっていた。


やっと貴族議員の点呼が終わり、そのまま、平民議員の点呼へ移るものと思っていた。ところが、儀典長は手にした名簿をくるくると巻いたかと思うと、踵を返し、正面玄関の扉に向かって歩いていく。思わず走り寄り、詰めよった。


 「ドル―・ブレゼ侯、なぜ、平民議員達を中にいれない?!」


 返された言葉に、我が耳を疑った。

「正面玄関から入れるのは、僧侶議員と貴族議員だけだ。平民どもは裏口に回ってももらう。ちょうどいい、君の部下に彼らを裏口に誘導させてくれたまえ。私は陛下をお迎えする準備があるのだから、さっさと点呼を済ませてしまいたいのだよ。君も、早く陛下の御到着の準備をしたまえ。」


羽飾りのついた帽子の下で、白粉を塗った頬が酷薄な笑みに歪むのを見たとたん、私はドル―ブレゼ侯の前に立ちはだかっていた。


「君には見えないのか!?議員達があんなにびしょ濡れになっているじゃないか!!彼らはれっきとしたフランス国民の代表なんだぞ!!」


 私の抗議など耳に入らぬとばかりに、儀典長は立ちはだかる私の脇をすり抜ける。


 「私は、命令された通りやっているだけだ。君が警備を命じられたように、私は議員達を招集し、命令の通りに入場させている。文句がありますか?」


 まだ二十歳にもならぬ年で父親からその地位を引き継いだ若者は、くっきりと紅を引いた唇に、薄笑いを浮かべて、振り向きざまに言い放った。


 何という醜悪さ!この者には、雨の中じっと入場の順番を待ち続けた同胞への思いやりや、敬意のひと欠片もないのか!?嘔気にも似た怒りが鳩尾を突きあげる。


 


「君はそれで平気なのか!?なんとも思わないのか!?ああやって土砂降りの中に国民の代表を立たせ続けて平気なのか!?」


 思わずマントの胸倉を掴み上げていた。薄笑いが恐怖にとって替わった瞬間、凛とした声が私を制した。


 「離したまえ、ジャルジェ君。」


 振り返ったそこには、雨に濡れそぼったマントに身を包みながら、毅然として立つ男の姿があった。


 マクシミリアン・ド・ロベスピエール!アラス選出の平民議員だった。


 「さあ、早く裏口に案内してくれたまえ。ぼくらは濡れることなどなんとも思わない。雨など少しも冷たくない。僕らの熱は雨にも嵐にも勝って熱い。国民に選ばれてここにいるのだという誇りはどのような侮辱にも、どのような仕打ちにも揺るぎはしない。」


 
染み透る雨に、彼の身体は冷え切っているはずだった。頬に雨の滴がしたたり落ちて唇は蒼ざめていた。しかし彼の唇は、微笑みをたたえ、形良い眉の下の、誠実さをそのまま表したような暖かな茶色の瞳が、私をまっすぐに見つめた。


 「いや、あなた方はフランス国民が選んだ正当な代表なのです。裏口などに案内できるはずがない!」


 私は、掴み上げていた胸倉を解放し、儀典長に向き合った。


 「ドル―・ブレゼ侯、いかに命令と言っても、もう開会の刻限も迫っている。議員達を早急に会議場に案内するべきだ。」


 食い下がる私を、またもロベスピエールが制した。


 「貴方が儀典長と争う必要はありません。私達は、私達がここにいる価値を知っています。ああ、君に分かるだろうか、僕らがどれほど燃えているか・・・、僕の心臓がどれほど一つになり、激しく赤く燃え上がっているか・・・!!わかってもらえるだろうか・・・!?」


 胸に静かに手を当て、彼は祈るように目を伏せた。そして彼は再び私を見つめた。その瞳の輝きの強さに思わず立ちすくんだ。水のように穏やかな声音でありながら、彼の言葉が、その情熱が、熱風のように私を包んでいく。


 「ジャルジェ准将、そこの議員も裏口でよいと言っているではないか。早く部下どもに彼らを裏口へ案内させたまえ。君も、早く正門に戻ったほうがよいのでは?陛下が到着された時、君がお迎えしなくてどうする?」


 乱れた襟を直しながら、儀典長は吐き捨てるように言うと、踵を返し玄関の扉の向こうに消えていった。議員達は事の行方を、かたずを呑んで見守っていた。地面を叩く雨の音がだけが、狭い広場に聞こえるばかりだった。


 「さあ、衛兵隊のみなさん、我々を案内して下さい。みなさん、急ぎましょう。」


 ロベスピエールは穏やかに促した、正にその時だった。


 「ぶったぎってやる!」


 獅子の咆哮にも似た男の叫び声が、響き渡った。



(続く)


HÔTEL DES MENUS-PLAISIRS ⇒ 

現在は会議場につかわれた建物は残っていません。残っている建物はバロック音楽センターになっているそうです。

ドル―・ブレゼ侯⇒

何と1762年生まれなんですよ~。O様より若い。ちょうどアランくらいですね。


 

拍手

驟雨のあと(9)

深夜に伝令がやって来た。会議場の封鎖は解かれ、明日国王陛下の臨席のもと、3つの身分の代表が一堂に集められる事となった。衛兵隊は議場周辺の警護にあたるようにとの司令が伝えられた。議会再開は予想された事だったが、明日の会議の行方は誰にもわからない。ただ何かが起こる予感だけが、重くのしかかる。寝台に身を横たえても、頭の芯が冷たく冴えて寝つけない。仕方なく身を起こし、キャビネットからブランデーとショットグラスを取り出した。瓶を傾け琥珀色の液体が流れる様を見つめた。ゆらゆらと揺れる小さな水面に、ゆがんだ顔が映る。この胸のざわめきはなんなのだろう。明日、起こるなにかへの不安か、それとも、彼への慣れない感情ゆえなのか。

アンドレ・・・

アンドレ・グランディエ・・・!

幼なじみで、親友で、従者で、部下で・・・、誰よりも近くあって、深く魂を分け合う者。
おまえの傍にいたい。お前の胸に身体預け、憂いを捨てて安らぎたい。

ああ、今更なんと身勝手なこの思い。愛を請うた彼を拒絶したのは自分なのに。
彼の愛を知らず、ただ我が身の寂しさ、ふがいなさの為に、彼を縛り付けてきた私なのに。

琥珀色の液体を一気にあおれば、痛みにも似た感覚が、喉を焼き、胸を焼き、やがて胃の腑に落ちて、熱が全身を包んで行く。

明日が待ち遠しかった幼い日は、遙かに遠い。

「いつまでも一緒だよ!」

薔薇園の葉陰で交わした約束を、無邪気に信じ甘えきっていたのは私だ。私達はあの美しい世界から、もうずっと遠いところにいるというのに、お前の優しさ、暖かさに、私はただ縋って生きている。このままではいけない事は、わかっている。ただ、一歩を踏みだし、一言告げれば良いだけなのだ。

「お前を愛している。今、一人の女として、私が心から欲しいと願うのは、お前だけだ。」

告げたなら、お前は私を受け入れてくれるだろうか。いや、その前に、お前に愛を告げる資格が、私にあるのだろうか・・・?あまりにも無自覚にお前の愛をむさぼってきた私に・・。


「お目覚め下さいませ。お時間でございます。」

耳元で声を掛けられて、驚いて目を覚ました。以前であれば部屋に入る人の気配さえ察して目覚めていたのに。枕元に立たれ、その上、声を掛けられるまで気づきもしないとは。軍人としての緊張が足りないと、自身のふがいなさに嫌気がさす。

アンリエッタは手際よく窓のカーテンを開けていく。夜は明けているはずなのに、まだ窓の外は暗かった。昨夜からの雨は止む気配もない。重く垂れこめた雲から、激しい雨が降っていた。身体は水を吸った綿のように重く、身体を起こしたものの、すぐに動き出す気力さえない。寝台の縁に腰を下ろしたまま、洗顔の支度を整えるアンリエッタの背中をぼんやりと見つめながら、覚醒を待った。

会議場が閉鎖されていた間に、それぞれの陣営は、自分達が目指すものを熟成させただろう。次の会議で、二つの勢力はきっとぶつかり合う。その様がまざまざと目に浮かぶ。その時、私は・・・。

「オスカル様・・・?お顔の色が優れないようですが・・・。」

鏡に映るアンリエッタが、私の髪を梳りながら心配そうに言う。

「うん・・・、昨夜、うまく寝付けなくてね。それに、そろそろくる頃だろうし・・・。」

私の言葉に、アンリエッタはっとしたように顔を上げ、私達は鏡の中で見つめ合った。

毎月訪れるわずらわしい「月の使者」。その訪れは、否が応でも私の身体が女であるという現実を突きつけてくる。満ちては欠ける月を追うように、女の身体はそのリズムを刻む事を止めない。緊迫した情勢の中であっても、それは変わる事がない。

「朝食にいつものお茶をご用意しましょう。くれぐれもご無理をなさらないで下さいませ。」

「今日ばかりは、無理をするなと言われてもどうにもなるまい。議会は荒れるだろう・・・。」

アンリエッタは、私の言葉に困ったように目を伏せて、クロゼットへ服をとりにいった。

私は夜着を脱ぎ落し、白く薄い下着の上にコルセットをつけた。男仕立てのブラウスに、キュロット、ストッキング、固い長靴、金モールに飾られた軍服、腰には剣を吊る革ベルト・・・。手渡されるものを順に身につけてゆけば、この姿は次第に男のものになっていく。鏡の中に青白く険しい顔をした私が映っていた。


屋根を激しく叩く雨の音と、水しぶきを上げる車輪の音だけが、車内に聞こえていた。荒れる天候は、まるで今日の議会の行方を暗示しているかのようだ。私達は会話もなく、雨の滴がとぎれなく流れる窓を見つめている。ふと彼の膝におかれた手に目をやると、それは固く握られ、甲には幾筋かの静脈が浮き立っていた。昨夜咳込む私の背中をさすり、肩を抱いてくれた手は、優しく穏やかだった。その同じ手が、今朝は固く握りこまれ拳となっている。彼は一体その手の中に、何を握り締めているのだろう。先の見えない世情への不安か、それとも・・・。

今日にも議場封鎖が解かれるかもしれないと、昨日の内に予告しておいたせいか、到着した時にはすでに隊員達の準備はあらかた整っていた。指令本部から届けられた御前会議の日程と衛兵隊に割り振られた警備区域を確認し、ダグー大佐と各班の配置を組んでいく。会議場の内部は国王付きの近衛隊が受け持ち、衛兵隊は王宮から会議場までの通りと会議場周辺の警護に当たることになった。

ダグー大佐と入れ替わりに、連隊本部に情報収集に出していたアンドレが戻って来た。

「例の書記官が情報をくれた。日曜の贈り物がだいぶ気に入ったようだ。今日は議場に傍聴人は入れない。それと、昨夜遅く、議長バイイを三人の貴族議員、エギヨン、ムヌー、モンモランシーが尋ねたらしい。ネッケル氏が会議を欠席するかもしれないと書記官は言っていた。」

彼がもたらした情報は、事態が予想以上に深刻であることを告げていた。

「なに?ネッケル氏が御前会議を欠席だと?」

「ああ、もうこの情報は、国民議会支持派の議員達はみな知っているはずだと。恐らく、噂は市中にも流れているだろう。」

ネッケル氏の存在が僅かな望みであったのに、王室は自ら第三身分との調停者となりうる者を、陣営に引きとめることを放棄してしまったのか。傍聴者を締め出し、議会警備に国王付きの近衛兵を配置したところをみても、王室側は、一気にこの行き詰まりを打破しようとしている。譲歩する気は恐らくないだろう。国民議会派とて同じことだ。今までとは違う何かが起きようとしている。思わず身体に震えが走り、襟の合せをグイと引き締めた。

「大丈夫か?顔が青い。」

銃を肩に背負ったお前が、心配そうに声を掛けて来る。

「なんの、武者震いだ。今日は覚悟をしておけ。議会は荒れる。アンドレ、いくぞ!用意はいいか。」

「ああ、オスカル、行こう!」

お前の変わらぬ力強い応えが、私の心を鼓舞してくれる。

降り止まぬ雨の中、私は隊員達と共に、今日の持ち場となる会議場へと向かった。

★ ジュール・ミシュレ著「フランス革命史」中公文庫版 
  ジャン=クリスチャン・プティフィス著「ルイ16世(下)」中央公論新社 を参考にしています

拍手

プロフィール

HN:
DNA
性別:
非公開