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ベルSS

ベルサイユのばら 原作の隙間埋め妄想

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驟雨のあと あとがき

毎度管理人の妄想にお付き合いいただき、ありがとうございます。18世紀末、フランスの地に、「ベルばら」の非実在キャラが、もし本当に生きていたとしていたとしたら?いや、無理矢理にでも実在していた事にして、よりリアルに、より身近に彼らを感じたい!その一心でもう7年も延々妄想し続けております。自分でもよくもまあ、こんなにも飽きずに続いているなあと思っております。こうなったら、もう書きつくしたと思えるまでとことん隙間を埋めてやろうじゃないの!!とまで思っております・・・。

今回はストーリーの中でも最大の山場の一つ、将軍とアンドレの対決、その後のオスカル様の告白の場面をオスカル様視点で書いてみました。この場面、ジャルジェ将軍視点やアンドレ視点では書いた事があるのですが、
肝心のオスカル様の視点ではまだ書いてみた事なかったんですよね。

書き出すに先立ち告白に至るまでのオスカル様の心の動きをどこから書き出したら良いのかと改めて原作を読み返してみました。アンドレに「どこにも嫁がない」と狸寝入りまでして伝えたオスカル様でしたが、このときは毒ワイン事件、馬車襲撃事件を経て、アンドレと生涯離れずにいきる決意をしたものの、まだ女性としてアンドレを愛しているという自覚には至っていなかったと思うのです。彼女が、彼を男性として意識したのは、司令官室でのセミヌードをみてしまったところから、という見解は多くのベルファンが一致するところではないかと思います。

各種資料を漁って史実と突き合わせをしましたら、その日は6月17日ではないかという事になりました。
告白の日は諸説ありますが、私としては、6月23日説を支持しています。17日から23日、わずか一週間の間に、史実でも大きく情勢が変わっています。それと連動するように、オスカル様のアンドレへの気持ちが変化していったのではないかと思います。

それにしても、オスカル様の視点でこの場面を書いていくのは難しかったです。男性社会のなかで、男性的立場にある女性としてのオスカル様の気持ちを想像するのは本当に難しい。彼女の場合、「私は女だから責任取れません。」なんて絶対言える人じゃないですもん。子供の頃はなんでオスカル様はお酒ばかり飲むのかと思いましたけど、今はよーくわかります。彼女ほどの責任を背負っていたら、そりゃあ、酒に逃げたくもなるでしょう。

告白の場面のセリフにしても、ほとんど脅迫に近いような迫り方。もしも、男女でセリフや態度を入れ変えたら、結構ありがちなものにも思うのです。このセリフを女性である彼女が言って、それを男性である彼が受け止める。そこに今回は非常~に、意味深いものを感じました。告白シーンのオスカル様の表情が、もう本当に可愛くていじらしくて、アンドレになりたい!!って思いました。

最近はネットのおかげでいろいろな事を簡単に調べる事ができます。三部会の会議場となったムニュ・プレージール館や、ジュ―ド・ポーム、ベルサイユのサン・ルイ教会、アベイ牢獄などを調べてみて、非常に面白かったですね。事件の現場を知ると、より一層その場に居合わせた人間の心理なども想像しやすくなります。
ちょうど書いている時にタイミング良く、ケーブルテレビでフランスのTVドラマ「王立警察ニコラ・ル・フロック」が放映されていて、当時の生活の様子がかなりリアルに描かれていて、刺激的でした。やはり視覚情報は妄想の種になります。

フランス革命によって、基本的人権や民主主義が世界の常識として広がっていった訳ですが、今の時代その常識がまた変化しつつあるように感じています。フランス革命で何が変わり、何が変わらなかったのか。これから、何を変えて、何を変えてはいけないのか。妄想をしつつ、ちょっとだけ真面目に考えてしまったりするこの頃です。

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驟雨のあと(21)

お前こそが、神に分かたれた私の半身。お前の腕の中こそが、約束の地!

広げられた腕に飛び込んだ。骨が軋むほど強く抱きしめられて、薄いシャツしか纏わぬお前の身体の熱に包まれる。すがるように胸に顔をうずめた。とめどなく流れ落ちる涙が、白い亜麻のシャツに染みて行く。全てが懐かしかった。汗の香りも、陽に焼けた肌に落ちる髪の影も、何もかもが・・・!

胸にあてた耳に激しく打つ鼓動が聞こえているのに、お前の呼吸は不自然なほどゆっくりと繰り返されていた。出会いの日、髪に絡んだ花弁や葉を取り除いてくれた時と同じように、お前の指先が臆病とも思えるほどに優しく髪をまさぐり梳き下ろす。指先が触れる度に、新たな涙があふれ出し、私を覆っていた頑ななものが溶け落ちていく。

やがて指先はそっと私の頬に降りてくる。軽く曲げられた指の背が、泣きやまぬ幼子をあやす様に、何度も頬を優しく撫でていく。

いつか見た夢と同じ・・・。私は、もうずっと望んでいたのだ。お前に触れてほしい・・・、もっと、お前に触れたい・・・と・・・。

暖かな掌がそっと私の頬を包みこむ。どうしてお前には、私の心の声が聞こえるのだろう?促されるままに顔を上げれば、そこにお前の微笑みがあった。ただ一つになってしまった黒い瞳に、涙に濡れた私の顔が小さく映っていた。私の瞳の中に、お前も小さく映る自身の顔を見てくれているのだろうか・・・。

「愛している・・・。生まれてきて、良かった。」

それは、余りに密やかな声。私にだけ聞こえる、いや、もしかしたら、それは私の耳にではなく、心に直接流れ込んできたお前の思いだったのかもしれない。

出会いの日から、私達が重ねて来た長い時間は、とても言葉では言い尽くせない。お前と私だけのきらきらと輝く、宝石のような幼い日々が鮮やかに蘇る。互いがそこにいる、ただそれだけで心満ち足りた。

伏せた睫毛に真珠のような涙を凝らせて、微笑むお前は何と美しいのだろう。男らしく通った鼻筋も、意思を秘めた形の良い顎も、少し女性的なくちびるも・・・。お前の全てが、私の心を捉えて離さない。

息がかかるほどにお前の顔が近く寄せられ、もう目を開けていられなくなる・・・。
暖かな唇が触れた途端、身体が浮き上がる。力強い腕が私を一層深く抱きしめていた。

私知っている唇は熱っぽくて弾力があって
吸うようにしっとりと私の唇を押し包み忍び込み・・
私の知っているくちづけは・・・

息を継ぐ間も惜しむほど、互いのくちびるを求めあう。胸の奥底から愛おしさが湧きあがり、震えるほどの喜びが全身を包んでいく。

生まれてきて良かった・・・!!

長い旅路の果てに故郷にたどり着いた巡礼者は、全てを赦し迎え入れてくれる懐かしい故郷の光に抱かれて、気づくのだろう。苦難の旅路が、自らの魂を清め、真実を見いだす為の修練の場であったのだと・・・。

愛している・・・。

言葉にして告げる事を躊躇うほどに、深く、強く、その全てを・・・!

互いの乱れた息づかいと身じろぐ衣擦れの音だけが聞こえる静けさの中に、時計の鉦が突然割ってはいった。お前の腕の中で、ただその温もりに全てを委ね、安らえたら・・・。そんな甘えを諫めるように、鉦の音は冷たく鳴り続けた。

くちづけの余韻は容易に去ろうとしない。このまま、お前の腕の中に抱かれていたかった。だが、こうしている間にも、第一班12名の兵士達は牢のなかで不安と戦っているだろう。フランソワが、ジャンが、泣きながら私を呼んでいた。アランが、歯を食いしばり、まっすぐに私を見つめていた。命をかけて、議員達に銃を向けることを拒んだ彼らに、助けてやると私は誓った。彼らが処刑される事になれば、私は一人おめおめと生き残る事など出来はしない。私の手に、彼らの命は委ねられているも同然なのだ。

お前の腕のなかで満たされていたいという思いと、指揮官として部下達を救いたいという思いとが、心の中で激しく鬩ぎ合う。

私は、彼らを見捨てることなど出来ない・・・。しかし、私一人で何ができようか・・・。

「アンドレ、見つからないように馬車の用意をしてくれ。ロザリーのところへ行く。」

「この暗闇を?!」

すまない・・・、と心の中で詫びては見たが、口を突いて出たのは、有無を言わさぬ命令口調。

「暗闇だから!時間がないんだ、ベルナールに会わねばならん。アベイ牢獄からアラン達を救い出すのだ。急いでくれ!」

彼らの処刑までどれだけの時間が残されているのか・・・、明日か?明後日か?それとも一週間か・・・?

私の焦りを感じ取ったのだろう。

「わ・・、わかった。」

戸惑いながらも、お前はすぐに馬車を出す事を承知してくれた。床に落ちてしまっていた上着を拾い上げ、肩にひょいとひっかけて、お前は何事もなかったように歩き出す。

不思議だ・・・。さっきまであれほど狂おしく抱きしめあい、くちづけを交していたのに・・・。

今は嘘のように平静になって、為すべき次の一手の為に、馬車の支度をお前に命令している自分がいて、当前のようにそれに従うお前がいる。

扉に向かうお前の背中を見て、急に不安になった。私の気持ちはちゃんとお前に届いただろうか・・・?まさか、私の気まぐれだなどと思われていないだろうか・・・?愛していると告げた直後に、月のない新月の夜だというのに、「馬車の用意をしろ、パリに行く」、などと命令する女が、どこの世界にいるだろう?

お前の手がドアノブにかかり、扉が開かれる。
確かめたい・・・、でも、どうやって・・・?

「アンドレ・・・」

呼びとめた声に、お前は扉を開けたまま振り返る。廊下の明かりはすでに最小限に落とされて、扉の向こうは暗闇だった。屋敷の者達はすでにそれぞれの部屋に引きとって、眠りにつく時間なのだ。

思わずお前の傍に駆け寄ったものの、言うべき言葉が見つからない。こういう時、いったい何と言えばいいのだろう。急げと言ったのは、私なのに、呼びとめて、何も言えず・・・。

開いた扉を閉め直し、見上げる私の瞳を、黙ったままのお前が見下ろす。ただそれだけなのに、身体が熱くなる。お前のほころんだ口元に目が吸い寄せられてしまうのは、なぜだろう。その事をお前に気付かれたくなくて・・・、目を伏せてしまう自分がもどかしい。

「オスカル・・・?」

握りしめた左手に、そっとお前の左手が重ねられた。誘われるままに拳を緩めれば、大きな手が私の手をしっかりと握りしめる。お前は軽くついばむようなくちづけを二度、そして、しっとりと包むようなくちづけを与えてくれた。まるで砂糖菓子をねだってぐずる子をあしらう様な扱いだ。お前のくちづけは、確かに砂糖菓子よりもなお甘く、先ほどの不安はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「すぐにしたくをする。おりてこい。」

いつもと変わらぬ気安い言葉を残して、お前は暗い廊下へと姿を消した。扉に背中をもたせかけ、私はほうっとひとつ息を吐く。別れ際に交わしたくちづけの名残を求めてそっと指でなぞれば、胸の鼓動は静まるどころか、更に高まる。抱きしめられた体、包み込まれた頬、握りしめられた手・・・。お前が触れた場所が、お前を求めてうずいている。

今ならわかる。

あの日、驟雨に濡れそぼった体を拭くお前を見たとき、なぜあんなに心乱れたのか。

幼馴染みでも、親友でも、兄でもない。
お前が紛れもなく美しい異性の肉体をもった、人なのだと思い知らされた。

やっと気付いた。自身が女である事も、お前が男である事も、全て自然に受け入れればよいのだと。

「オスカルは、オスカルだろ。それでいいじゃないか!」

いつだって性別の狭間で揺れる私の心を、お前は支え続けてくれた。
お前が傍にいてくれたから、私は、私のままに生きてこられた。

冷たく光る剣を腰に佩び、硝煙の臭いが染み付いた軍服を身にまとっていようとも、私は、女だ。
お前を愛し、お前に愛されている、1人の女、それが、私。


今夜は新月。
空は晴れても、月は無い。
だが、月は再び必ず満ちてゆく。
それが、自然の営みなのだ。
心が命じるままに、為すべき事を全力で為そう。
お前と一緒なら、もう、何も恐れるものはない・・・!


2013/11/30 

FIN

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驟雨のあと(20)

「私は無力だ・・・・・・部下を守ってやることさえできなかった。アントワネット様のお情けで処分を免れ、お前の力で父上の刃を逃れ・・・。」

お前は知っていたんだろう?私がどんなに虚勢を張っても、一人では何もできない弱い人間であることを。

薔薇の葉陰でお前は何度も約束してくれた。生まれ持った性を否定され、ジャルジェ家の栄光を担わされ、ただ一言、「寂しい」とさえ言うことができなかった私を、お前が救ってくれた。

「いつまでも、いっしょだよ!」

繰り返し、繰り返し、その約束が消えることのない銘となるまで、お前はそのまなざしでわたしに伝え続けてくれた。だから、私は気付かなかった。自分の弱さも、お前の強さも・・・、どれほど私がお前を必要としていたのかも・・・。

この思いを告げてしまえば、お前の人生をこれまで以上に縛る事になるかもしれない。
激しい変化の予感がもたらす情熱が、自分自身でも止める事ができなくなっている。
このまま思いのままに突き進めば、私はきっと古い世界と別れを告げなければならなくなるだろう。

その時・・・、私は、お前に傍にいて欲しい。我儘な事はわかっている。
傍に立つお前に伝わりそうなほど、胸の鼓動が高まって行く。
もう、この胸の思いを封じ込めることなんかできない。

「・・・愛してい・・・る・・・」

そうだ・・・。もうずっと、ずっと、この一言をお前に告げたかった。口にしてしまえば、もう、ごまかすことも逃げ出すこともできない。私にとっても、命をかけることになる言葉だから。

背後で椅子が耳障りな音を立てた。お前の動揺が、私を不安にさせる。私はなんと臆病者なのだろう。この期に及んでも、まだ女としてお前を求めて拒絶されることを恐れている。自分が人としても、女としても、足らぬところだらけだと分かっている。こんな私を、本当にお前は受け止めてくれるだろうか。

私は、勇気を振り絞り、お前と向きあった。まっすぐにお前は私を見つめてくれていた。天地が分かたれる前の混沌にも似た、全ての存在を内包したような黒い瞳が、私を映してくれていた。

「私は無力だ・・・!見ただろう、1人ではなにもできない。私の存在など、歴史の歯車の前には無にも等しい。」

この世界は広く、私が知るものなど、ほんのわずかなものに過ぎなかった。箱庭のように小さく美しい世界を一歩出れば、人の世は苦しみと悲しみに満ちていた。だが、人々はそれでも希望を求めて懸命に生きている。愛する家族や友人や、仲間達と、心寄せ合う人々の幸せを願いながら、生きている。私も、そうした人間の1人に過ぎない・・・。

私の言葉を、お前は首を振って否定する。その瞳は少年の頃のように私を映す。ああ、そうだった。ジャルジェの嗣子の重責に自分自身を縛りつけていた幼い私を、ただの子供に戻してくれたのは、お前だった。

「誰かにすがりたい、支えられたいと・・・そんな心の甘えをいつも自分に許している人間だ。」

激しく首を振り、私の自嘲の言葉をおまえは否定してくれる。自分の弱さや甘えに気付かなかったのは、お前がいつも傍にいてくれたからだ。お前が私を支えてくれた。私の甘えを受け止めてくれた。
全力で私を守り、私を癒してくれたのは、お前だ・・・。お前無しでは、私は、私でいられなかった・・・!

命を育てる太陽の光のようなお前の愛に、今からでも私は応えることが許されるだろうか?
大地を潤す慈雨のようなお前の優しさに相応しい女に、私は今からでもなる事ができるだろうか?
不遜で、強情で、未成熟な私でも、それでも許すと、それでも愛すると、言ってくれるなら・・・・。

「それでも愛しているか?!愛してくれているか?!

口から出るのは、天の邪鬼な言葉ばかり。まるで駄々をこねる子供と変わらない。
愛してほしい、お前に傍にいて欲しいと、素直に言えない。
あまりにも長く、お前に甘えてきてしまったから・・・。

それなのに、お前は真剣な目をして、ただ黙って何度もうなずいてくれる。

いつだってお前を独り占めしていたかった。誰よりも傍にいて、私だけを見つめていて欲しかった。
それが、ずっとずっと私の願いだった。言葉に出来ないほどの心の奥底にあった願いを、ちゃんとお前は受け止めてくれていたんだな・・・。

ならば、あえて言葉にしよう。心の奥にあった、赤裸々な思いをお前に告白しよう。お前への問いかけが、私の心だとお前はわかってくれるはずだから。

「生涯かけて私一人か?!」

私が愛する男は生涯かけて、お前ひとりだ!

ああ、やっぱりお前にはわかるんだな。そんな優しい顔でうなずかないでくれ・・・。

「私だけを一生涯愛し抜くと誓うか?!」

お前だけだ・・・!お前しかいない。私が欲しいのは・・・、お前だけ・・・!

「誓うか?!」


優しい微笑を浮かべながら、手を差し出すお前の目に涙があふれていた。


いつまでも、一緒だよ

薔薇の葉陰で交した約束のままに、私達はずっと一緒にいるんだ・・・!!
あの初夏の日、私達はいつかこの日が来る事を、知っていたんだ。

その手を取っていいか?その暖かく、優しい手を・・・。
お前と一緒なら、どこまででも、走っていける気がする。

アンドレ・・・!


《続く》

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驟雨のあと(19)

時計の鉦の残響が消え、部屋に再び静寂が戻った。

「・・・それが・・・お前の気持ちか・・・」

父の問いに、お前は答えなかった。お前は、気が遠くなるほど長い間、自分の心を隠して来た。いつもそばにいた私にすら気付かせないほど、幾重にも深く、優しい微笑みに隠して。

「ばかめ・・・が・・・」

深い嘆息が父の唇から洩れた。

「・・・はい・・・」

父の言葉に、お前は躊躇うことなくすぐに答える。

私の喜びも悲しみも、全てをお前が受け止めてくれた。お前がいてくれたから、喜びは倍に、悲しみは半分になった。お前は私に喜びを与え、悲しみを背負ってくれた。愚かなのは・・・、お前じゃない。この・・・、私だ。お前の心を知らず、甘え続けて来た、この私だ・・・。

「身分の違いを超えるものがあると思うのか」

低く抑えられた声音だった。

「祈る者」「戦う者」「耕す者」という身分秩序の中で、生きる事を当然としてきた父だった。だが、「男」と「女」という秩序に抗い、女の私を跡取りに育てたのも、また父だ。父は、本当は知っている。人は、皆、身体ひとつで生まれてくる。貴族であろうと、平民であろうと、男と女の命を継ぐものとして人は生まれてくる。

たった一つの魂を宿した、小さくか弱い身体ひとつでこの世に生れ出る、その一点で、人は皆同じだ・・・。巡り合い、魅かれあう魂を止める事なんて、出来はしない。

いつまでも、一緒だよ・・・!

薔薇の葉陰で幾度となく交した約束は、この魂に深く刻まれ、決して消えない・・・。
そうだろう・・・?アンドレ!

「はい・・・」

短く答えたお前の声は、確信に満ちていた。

「貴族の結婚には国王陛下の許可が要る。」

今の社会規範の中で、私に結婚の自由は無い。私がどんなにアンドレを愛そうと、「貴族の娘」である私が正式な婚姻を結ぶ為には、父の許しと国王陛下の許しを得なければならない、それが、この社会の現実なのだ。

「知っています・・・。知っています・・・。結婚など望んではおりません。」

あの夜、骨が軋むほど強く私を抱きしめながら、結婚できるなどと考えていないと、お前は言った。身分差ゆえに、ただ一言、愛を告げる事さえ罪と慄くその苦しみを、あの時の私は理解できなかった。だが、今ならわかる。私も、お前以外を愛せない。この心は誰にも縛る事ができない。こんなにも、お前を愛している。

「ただ・・・ただ・・・私の命など十あってもたりは致しますまいが、なにとぞ・・・、なにとぞオスカルの命と引き換えに私を・・・。」

静かな声だった。父の喉元に突き付けられていた短剣が、ゆっくりと下ろされ、父の右腕は解放された。お前は短剣を鞘に納め、両手を前に組んで完全なる服従の姿勢となった。そして、背後を伺う父の視線を、黙ったまま受け止めていた。

言い知れぬ悲しみが、胸にこみ上げる。私の罪を贖う為に、お前が命を差し出す必要なんかない。私の命とお前の命、どちらも神から授かった、たった一つの命ではないか!命の尊さは同じだ。それなのに、なぜお前はそんなにも自分を蔑む・・・・?本当は、私よりも、父よりも、お前は強いんだ。お前の力を持ってすれば、私達はお前に敵わない。ただ、お前は信じこまされてきただけだ。貴族の「青い血」などありはしない。人の血は、皆赤い。

お前を失ってしまったら、私は生きられない・・・・!
お願いだ、私の為に死ぬなどと言わないでくれ・・・!
私を・・・、ひとりにしないで・・・く・・れ・・・!!


父の視線が私を捉えていた。その瞳には、もう、冷酷な光は無かった。

「お前を殺せば・・・ばあやも生きてはいまい・・・」

深い嘆息をもらした父の顔に、複雑な笑みが浮かんだ。

「知能犯め・・」

この一言が、私に父がこの場を納める唯一の妥協点を見つけてくれた事を教えてくれた。お前もすぐに父の真意がわかったのだろう。蒼ざめこわばっていた顔が、一瞬で安堵に緩んでいく。

父は、深く首を垂れるアンドレと私を残し、扉へと向かって歩き出した。

「オスカル!王后陛下からのお達しだ。軍務証書を取りに宮廷へ伺うように。わかったか!?処分は無しとのお言葉だ。」

扉の前で振り向き様に父から告げられた言葉に、私は驚くしかなかった。処分無し!安堵すると同時に、この身に与えられた王妃様の慈悲深さに、ただ感謝をするばかりだった。

扉が閉まる音がして、部屋には私とお前だけが残された。張り詰めた空気を払うように、お前が深く息を吐く。

息詰まるような緊張が途切れ、水面に浮かぶ板上に立っているかのような揺らぎを覚えた私は、思わずテーブルに手をついた。様々な思考と感情とが、一気に押し寄せる。服を寛げていくお前の気配を背中に感じながら、私は告げるべき言葉を探した。

今日この日を振り返り、私は自身がいかに思い上がった人間であったかを、思い知る。温室の花と揶揄されたのは、当然だったのだ。ジェローデルとの結婚話を破談とした時、私は父に軍神マルスの子として生きると告げた。この身を剣に捧げ、砲弾に捧げ、生涯を武官として生きると心に誓った。父に与えられた道であっても、自らの意思で選び取り、この道を貫き通すのだと覚悟したはずだった・・・。 だが、私の覚悟など、子供の戯言にすぎなかったのだ。

アンドレが止めに入ってくれなければ、私は父に成敗されていただろう。父にとって信条とは、親子の情愛さえ捨て去るほどの強さを持って貫かれるべきものなのだ。私はそれほどの厳しさを、自身に課した事があるだろうか。

己の意思を阻むものであれば、例えその者が大恩ある者であっても、命を奪うという冷酷な決断すら恐れない鋼の心を、お前は持っていた。私は、かつてそのような強い心を、持ちえた事があっただろうか。

私は自身の責任を果たしたいと願いながら、その為に、ただひとつの道を選び、その他全てをその為に切り捨てる事など出来ない。私は「神の子」などではなく・・・、ただの弱い人の子に過ぎない・・・。
どんなに願っても、どんなに望んでも、男にはなれない。この身体も、この心も、本当の男にはなり得ない。

私は・・・・、女だ・・・・。

長い間目をそらし、自分さえも欺き続けて来た。私は弱い人間に過ぎず、お前の支えがあってこそ、生きて来れたのだという事を、はっきりと認めなければいけない。それが私・・・。向き合うべき自身の姿。

だから、告げなければいけない。

お前は何も言わず、私の気配を伺っている。
沈黙を許してくれるその優しさに、私はどれだけ甘えて来たのだろう・・・。

もう、これ以上、自分の心を隠しておくことなんか出来ない。
受け止めてくれるか・・・?こんな弱い私を・・・・。

部屋を去ろうと歩き始めたお前の行く手を、私は腕を伸ばし遮った。

私のいきなりの行動に、お前は驚いたに違いない。すぐ間近で、息を飲む気配がした。この場にお前をとどめる為に、腕を伸ばしたものの、言葉はすぐに出て来ない。

「アンドレ・・・」

助けを求めるように、思わずお前の名を呼んだ。そうだ。私は今までお前の名前を数え切れないほど呼んできた。その名を呼べば、いつも私の側にやってきて、暖かなまなざしで包んでくれた。今この瞬間も、うつむきまともにお前の顔をみられないでいる私を、戸惑いながらも見守ってくれているだろう。

自身で解決できず、波立つ気持ちを荒っぽくぶつけたときも、抑えても抑えても、あふれ出てしまう悲しみに、お前に背を向けて涙を流した時も、お前はいつでも私を信じ、じっと黙って側にいてくれた。だから、私は勇気を出そう。私のあるがままを、告げるのだ。


《続く》

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